テロ犠牲者の「命の値段を査定」...全米の嫌われ者を描く『ワース』が傑作になれた特殊事情
How Much Is a Life Worth?
(写真左)嫌われ者になったファインバーグを演じるキートン ©2020 WILW HOLDINGS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
<9.11テロの被害者に補償金を分配するという困難な事業。その「悲劇の真相」を生の証言も使って描き出す>
2001年9月11日の朝にアメリカ本土を襲った前代未聞の同時多発テロ。あのとき犠牲になった約3000人の命に「値段」を付けるという非情な任務を背負わされた男の実話に基づく映画が『ワース 命の値段』だ(日本では2月23日から劇場公開)。
■【動画】「なぜ人によって補償金の額が違う?」 命に値段を付けるという難題と、遺族に向き合った弁護士の苦悩...『ワース 命の値段』予告編
主演は『バットマン』などで知られるマイケル・キートン。共演にはスタンリー・トゥッチ、エイミー・ライアンらが名を連ねる。
もちろん、明るく笑える映画ではない。だが紆余曲折を経て2020年のサンダンス映画祭で初上映されると、絶賛を浴びた。そしてあの日から20年たった翌21年9月、晴れて全米公開の運びとなり、多くの人の心を揺さぶった。
原作は、当時のジョージ・W・ブッシュ政権によって9.11被害者補償基金の特別管理人に指名され、個々の遺族にいくら支払うかを査定するという「あり得ない仕事」を任された著名な弁護士ケネス(ケン)・ファインバーグの回顧録。誰に頼まれたわけでもないのに脚本を書いたのは、2014年の『GODZILLA ゴジラ』などで知られるマックス・ボレンスタインだ。
実を言うと、既に脚本は15年も前に出来上がっていた。映画やテレビ会社との契約更改交渉がこじれ、米脚本家組合(WGA)がストライキに突入し、映画作りが事実上ストップしていた時期(07年11月からの約100日間)のことだ。
「ストライキ中だから勝手に書けた」と、ボレンスタインは言う。「あの頃、9.11テロの話を書けなんて勧める人は一人もいなかった。まだ記憶が生々しくて、とても映画にできるとは思えなかったからね。でも、どうせストライキ中だから仕事はできない。ならば好きなこと、自分の書きたいと思うことを書こうと決めた。今にして思えば完璧なタイミングだった」
ファインバーグには次なる「査定」の仕事が
実際、出来上がった脚本には引き合いがあった。だが、別の問題が生じた。08年秋に起きた世界金融危機(いわゆるリーマン・ショック)だ。「大きすぎてつぶせない」金融機関や企業を政府が救済することになり、救済対象となった会社の役員に支払う報酬を政府が査定する必要が生じて、その責任者にまたもファインバーグが指名されたのだ。
「彼の出版契約には、映像化などに当たって本人の参加や関与を必須とする条項があった。ところが彼は(当時の大統領)バラク・オバマから強欲な経営者への報酬を査定するという素晴らしく重大な役目を与えられた」と、ボレンスタインは言う。
「そんな自分の話が映画化されることに、彼は二の足を踏んだ。まあ、当然だよね。外から見たら、地獄にはまったプロジェクトに見えたに違いない。だけど、私自身に焦りはなかった。じっとして、ただ機が熟すのを待てばいいと思っていた」