最新記事

感染症

撲滅まであと一歩だったのに...ワクチン否定派に、元ポリオ患者の私が感じる怒り

“Absolutely Ridiculous”

2022年9月29日(木)18時40分
イツァーク・パールマン(バイオリン奏者)
イツァーク・パールマン

3歳からバイオリンを始めたパールマンはポリオにかかり足に障害が残った後も夢を諦めず、世界的な奏者になった JAMES DEVANEYーWIREIMAGE/GETTY IMAGES

<4歳でかかった小児麻痺により足に残った障害を乗り越え、世界最高峰バイオリニストとなった筆者が、いま憤るポリオ再流行とワクチン忌避>

1949年、4歳のとき私はポリオにかかった。最初のポリオワクチンが発表されたのは55年だったから、数年の差で間に合わなかった。ある朝、目が覚めて起き上がろうとしたけれど、立てなかった。何かおかしいと思った。ベッドに寝たまま、窓の外の太陽を見ていたことを覚えている。毎日、毎日、同じ景色だった。腰椎穿剌(せんし)の検査がとにかく痛かった。

【動画】松葉づえで登場し、名演奏を披露するイツァーク・パールマン

当時暮らしていたイスラエルのテルアビブで入院したのは数週間だったが、それを境に人生が一変した。ポリオになる前はおもちゃで遊んだり、キックボードで走り回ったりするのが大好きだった。

もっとも、病気になる前のことは実はあまりよく覚えていない。変わったのは、歩けなくなったということ。私は下肢の装具を作りに行った。義肢と、義肢に履く特別な靴の寸法を測った。こうして松葉杖で歩くようになったが、それまでとは完全に異なる経験だった。

幼いうちは経験値が少ないから、変化に慣れやすいともいえるだろう。私は歩けるようになってから、まだそれほど年月がたっていなかった。

病気になったことを恨まずに、人生を変える出来事として受け止めようと思った。義肢を着けて歩くことにはなったが、肺や腕に影響が出なかったことは幸運だった。「鉄の肺」(首から下を覆う鉄製の大型タンク式の陰圧人工呼吸器)に入らなければならない子供もたくさんいたが、私は人生が想像していたのとは違う方向に進み始めた、というだけだった。

当時は多くの人がポリオの治療法を見つけようとしていた。私の実家にも、代わる代わる誰かが来ては新しい「治療法」を紹介したが、効果はなかった。「こんな食事がいいらしい、こんな体操がいいらしい。この方法は完璧だから、きっとまた歩けるようになる」。私の家族には、普通に歩けるようになることはないのだという認識が、少し欠けていたのかもしれない。

当初はプロ奏者として受け入れられず

両親に励まされて、私は音楽を続けた。病気になる前から音楽の道に進みたかったし、両親も私がこれだけ興味を持っているのだから、やめさせる理由はないと思っていたようだ。バイオリンは足ではなく手で弾く。私の両手は元気だった。

プロの奏者になった当初は、なかなか周囲に受け入れてもらえなかった。ポリオの影響にばかり目が行って、私が音楽的に何ができるかを見てもらえなかったのだ。そんな小さな問題はあったが、私は努力を続けた。

ただ、一つ大きな問題があった。私を音楽で判断してもらうにはどうすればいいのか。「あなたは歩けないのに素晴らしい演奏をする」などと言われたくなかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、ウクライナ復興に凍結資産活用で合意も 和平

ビジネス

AIが投資家の反応加速、政策伝達への影響不明=ジェ

ワールド

不法移民3.8万人強制送還、トランプ氏就任から1カ

ビジネス

米中古住宅販売、1月4.9%減の408万戸 金利高
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中