最新記事

ドキュメンタリー

河瀨直美監督の「東京五輪」映画を、「駄作」扱いするのは大間違いだ

Tokyo 2020 Redux

2022年7月14日(木)18時55分
北島 純(社会構想⼤学院⼤学教授)
河瀨直美監督

コロナ禍で無観客かつトラブル噴出のオリンピックを河瀨監督(写真、後ろ向きの人物)はあくまで主観的に切り取った ©2022-INTERNATIONAL OLYMPIC COMMITTEE-ALL RIGHTS RESERVED.

<興行成績の低迷が伝えられる五輪公式記録映画『SIDE:A』『SIDE:B』だが、河瀨直美監督の主観に基づく映画作りは成功している>

河瀨直美総監督の五輪公式記録映画『東京2020オリンピック SIDE:A』に続き、『SIDE:B』が公開されている。五輪組織委員会の財務報告によれば大会経費は結局1兆4238億円に上った。これだけの巨費を投じた国家的イベントが後世に何を残すのか。その1つの縁(よすが)と期待されていたのが河瀨の記録映画だったが、現時点での興行成績は低迷している。

5000時間に及ぶ撮影素材を河瀨は2本に編集した。まず『SIDE:A』はアスリートの人間像を中心に描く。公式記録映画として想定されるような金メダル獲得のハイライトシーンはほとんど映されない。

難民選手団の水泳選手、モンゴル代表のイラン人柔道選手、引退した女子バスケットボール選手、沖縄出身の空手家、スケートボードやサーフィンなどの若きアスリートが葛藤し努力する姿の群像劇が積み重なる。網羅的記録としてのアーカイブ性は放棄され、選手の人生が五輪を結節点として「何か」と交差する瞬間が描写される。

この映画に関して河瀨はしばしば競技の金メダルではなく「人生の金メダル」を称揚する発言をしている。その言語的無垢性はさておき、記録や勝敗を超える価値がダイバーシティやジェンダー、努力と挫折などに見いだされる。五輪に「出場できなかった」元選手の姿をこれほど丹念に映し出す五輪記録映画がかつてあっただろうか。

令和日本の問題が全て凝縮された五輪

これに対して『SIDE:B』は記録色を強め、五輪開催に至る一連の経緯を時系列で描く。焦点が当てられるのは「舞台裏」。著名か無名かを問わず関係者の語られざる悪戦苦闘が、開催反対運動、コロナ禍での延期、森喜朗・五輪組織委会長の失言辞任、酷暑による札幌マラソン開始時間変更といった出来事を題材に淡々と語られていく。

今回の東京五輪ほど問題が噴出したオリンピックはない。招致活動の贈賄疑惑に始まり、エンブレム盗用、コロナ禍による延期と無観客開催、開会式の演出変更と土壇場での演出家解任など、次々にトラブルに見舞われた狂想曲的なカオス状況は、なし崩しの対応と責任所在の空虚という点で、令和日本の抱える問題全てが凝縮されている感すら漂った。映画で取り上げられたのはそうした問題のごく一部だ。

その取捨選択の恣意、あるいは取り上げた問題に対して回答を提示しない傍観への不満がいわば協奏曲となって、興行的失敗の背景となっている。しかし本作はそのように批判される駄作なのだろうか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中