人生は長距離走、走ることは自らと向き合うこと──走らない人の胸も打つウルトラトレイル女王の哲学
こうして超人的な走りを見せてきたホーカーだが、やがて度重なる疲労骨折に苦しむことになる。走るどころか日常生活にさえ支障をきたす、つらい日々が続く。だが、これは新たな展望を得るきっかけでもあった。
レースでは出場者を見守る側に回り、順位を問わず懸命に走るランナーたちの姿に感銘を受ける。そして、いったん走ることから離れ静養する期間を経ることで、自らを見つめ直し、自分にとって走ることがどのような意味を持つか、自分は何者かを改めて認識していくのである。
走り続けていれば、新たな景色が見えてくる
本書はランニングの手引書ではない。トレイルランニングを趣味とする人だけのための本でもない。ホーカーは走ることを通して自分の内面を掘り下げ、人生の意味を探る。その体験こそ、彼女が読者と分かち合おうとしているものだ。
彼女のランナーとしての人生は、順調な時ばかりではない。
けがや痛みや疲労のために完走が危ぶまれることもある。好成績であっても、納得のいく走りができなかったときは自責の念にとらわれる。天候や政治問題など、外的要因に阻まれることもある。レースへの参加を断念せざるを得ないこともある。だが、そのような経験すらも彼女は自らの糧とする。
また、走ること自体は自分ひとりで行うしかないが、人々とのつながりを感じていれば決して寂しくはない、とホーカーは言う。
走る自分の周囲には、支えてくれる大勢の人々がいる。レースで同じ体験を分かち合うランナーたち。自分を見守り、サポートしてくれる仲間たち。自分の姿に勇気づけられたと言って応援してくれる人たち。ヒマラヤ地域で出会った、貧しいながらも温かくもてなしてくれる人たち。
そのような人々に対する信頼や尊敬、感謝の念を抱きながら彼女は走り続け、走ることを通じて人生そのものの意味を見出していくのだ。
人は皆、人生という長距離走に挑んでいると言える。順調に走れるときばかりではなく、困難に直面することもある。だが、山であれ谷であれ雨の中であれ、ひたむきに走り続けていれば、いつのまにか新たな景色が見えてくる。
そして、その道のりは決して孤独ではない。
『人生を走る――ウルトラトレイル女王の哲学』
リジー・ホーカー 著
藤村奈緒美 訳
草思社
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