白人男性作家に残された2つの道──MeToo時代の文壇とメディアと「私小説」
前作の成功後、彼は自らが培ってきた経験と知識にもとづき、一般人向けのヨガ入門書を書こうと思い立つ。そして2015年1月、ブルゴーニュ地方の僻地で催された10日間のヨガ合宿に、取材も兼ねて参加したのである。「外界の情報を完全にシャットアウトした状態で、とにかく最後まで頑張ること。もし途中で挫折すると悪影響を及ぼしかねません。」主催者にそう言い渡されて合宿は始まった。
カレールは他の参加者たちとともに道場で瞑想に打ち込み、次第に心身が解き放たれていくのを実感する。ところがその静穏な日々は途絶した。2015年1月7日、イスラム過激派による「シャルリ・エブド」紙襲撃事件勃発。殺害された12人のうちには、たまたま編集部に居合わせた経済学者ベルナール・マリスが含まれていた。
マリスはカレールの心から信頼する女性ジャーナリスト、エレーヌ・フレネルの恋人であり、カレールにとっても大切な友人だった。エレーヌは葬式で弔辞を述べてほしいと、合宿中のカレールを呼び出したのだった。
カレールは合宿を途中で抜け、葬式で故人の思い出を語った。そののち、彼の精神は徐々に調子を崩していく。ヨガと瞑想のもたらす境地ははるか遠くに去った。やがて彼は、心配した妹に伴われて精神病院で診察を受け、4カ月の入院生活を余儀なくされることとなった。
つまり、本来カレールが構想していたエッセイ「ヨガ」は、彼の精神が思いもよらず陥ることとなった困難を前にして放棄された。そして挫折感や自責の念に苛まれつつ、どこに救いがあるのかもわからないその苦境自体を描くことが『ヨガ』の主眼となったのである。ただし、カレールの筆遣いはスケッチ的な軽快さを失わない。自らを「ネタ」にして揶揄したり、おかしみをにじませたりするだけの図太さもある。そのスタイルを支えているのは、自分が書いているのはすべて事実だという自負だろう。
「文学に関して私が抱いているただ1つの信念。それは、文学においては噓をつかないということである。それだけが絶対的命令で、あとは二次的なことでしかない。」