無人島にたどり着いた日本人たちがたらふく味わった「牛肉より美味い動物」とは?
16人の乗る帆船が太平洋で座礁し大破
この小帆船「龍睡丸」は北海道千島列島先端の占守島を母港として内地との連絡が主な業務であった。冬のあいだは東京の大川口に停泊しているわけだが、船長はこの期間にまだ航海したことのない南洋の海にこの船で行ってみたい、という思いがあった。
それが実現しつつあった。
船長はこんなことも考えていた。
日本の南東の端にある新鳥島は火山島であるから噴火にからんで海底が海面に出てきたり再び沈んだりしている。そしてその近くに海賊の基地がある、という話がある。それを発見したら海賊の隠した財宝が見つかるかもしれないし、日本の漁船の安全操業にもたいへん役立つだろう。そのほか南海にはマッコウクジラが吐き出すクラゲに似た龍涎香という、1グラム=金1グラムもする高価なタカラモノが漂っているという。それの100キロぐらいのかたまりもあるというからすばらしい話ではないか。
この船の乗組員で紹介されている人はリーダー格で同書では運転士と書かれているのだがどうも帆船にはなじまない呼称だから航海士などと勝手に解釈してしまった。続いて漁業長の役職の人は漁船の現場では船長以上の権威があるという。その下に実地の体験から鍛えあげ、人並み外れて実力のある水夫長。このほか報効義会(開拓組織)の会員4名。この人たちは占守島に何年か冬ごもりして艱難辛苦(かんなんしんく)をして漁業に立派な実績をもっている。ほかに2名の練習生と小笠原諸島で捕鯨船の手伝いをしていて日本に帰化した人が3人。このほかに水夫と漁夫が3人。あとひとりはこの本の語り手であり後に東京高等商船学校の教官となった船長の中川倉吉氏。
話の背景を説明しているうちに随分紙数を費やしてしまった。
したがってこの華奢な帆船の運命が怪しくなるところまで一気に話を進めてしまう。
ミッドウェイの近くの海域からの帰途、サメとウミガメをたくさん獲って、油をだいぶ採取したあとに思わぬうねり波に巻き込まれたところまで書いた。
その波はすさまじく、どんどん船は暗礁にひきよせられ、まもなくのりあげてしまった。
絶え間なく打ち寄せる波濤(はとう)によって木造のスクーナーはどんどん破壊されていく。
16人は、もう半ば死にかけている船から熟練した船員ならではのロープワークで比較的安全な岩にとりついた。沢山つんであったコメは2俵がなんとか救いだせ、肉や果物の缶詰やカラの石油缶をいくつか。マッチと井戸掘り用の道具などを岩の上に持ってくるので精一杯だった。
小さな無人島に漂着し、井戸を掘って飲み水を確保
流出を逃れた小さな伝馬船に16人が乗り、船から取り外した木で作った間に合わせの筏(いかだ)になんとかひっぱりだせたものを乗せ、それをひいて珊瑚礁への激突をさけながら砂浜の海岸がある小さな島に上陸することができた。そこは岩などひとつもなく本当に砂浜だけのところで海抜も1メートルぐらいしかない。龍睡丸は荒れ狂う波濤によって岩に何度も叩きつけられもう完全な残骸になっていた。
必死に島にたどりついた16人はみんな無事だった。全員助かったお祝いに果物の缶詰をひとつだけあけ小さな匙でひとしずくずつその甘さを味わった。
しばらくすると「島が見える」とさけんだ者がいた。指さす方向を見ると、いま立っている島よりも、3、4倍は大きそうな島だ。「それ、あの島だ」。一同は伝馬船に飛びのり、その島をめざした。
まず一番に必要な井戸を掘ることになった。しかし砂地と思われたその下は珊瑚礁がひろがっていて簡単には穴が掘れない。その一方で蒸留水づくりの班が珊瑚のかたまりと砂、それに石油缶と島で見つけた流木を使って海水を沸かしはじめた。
ガツンガツンとした岩だらけの地盤に苦労しながら交代でなんとか4メートルほどの井戸を掘ると白い水が出てきた。しかし塩からくとても飲み水にならない。
一方蒸留水は珊瑚と砂のかまどと石油缶を3つくみあわせた蒸留器で一時間海水を沸騰させ、やっとオワンの底に少々、という程度しか集水できなかった。炎天下の労働に口のなかは水欲しさに膨れ上がったようになっている。
別の班は自分らで運んできた木材と帆を使って大きな天幕で小屋を作った。井戸は別の場所にまた2メートルほどのを掘ったがやはり白い水だった。もうひとつ掘った2メートルの井戸も少しは塩が薄まっていたがまだ人間が飲めはしなかった。彼らはやがて草の根に近い浅い井戸のほうがいい水が出るのかもしれない、とためしてみるとまだ塩辛さは残るが蒸留水をまぜるとなんとかひと口ずつは飲めるような水を得ることができた。