最新記事

映画

孤島に閉じ込められた男二人の狂気...異様な新作映画『ライトハウス』

An Artsy Fever Dream

2021年7月8日(木)17時16分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)
映画『ライトハウス』

パティンソン(左)と名優デフォーの鬼気迫る演技は、異様な心理を描いた本作品の見どころだが A24ーSLATE

<芸術性は完璧で、名優デフォーの演技も素晴らしい。だがサイコスリラー『ライトハウス』への「没入」がもたらすのは......>

プロメテウスの熱き略奪品──。これは陰惨な二人芝居の映画『ライトハウス』でウィレム・デフォーが繰り出すモノローグの中のフレーズだ。

アクセントが耳慣れない上に内容も難解だから聞き取るだけでもひと苦労だが、少なくとも筆者にはそう聞こえた。何にせよこのフレーズは、ホラー界の鬼才ロバート・エガース監督(『ウィッチ』)の最新作を的確に言い表している。

『ライトハウス』はギリシャ神話やハーマン・メルビルの小説『白鯨』の要素、サミュエル・コールリッジの詩がふんだんに盛り込まれたサイコスリラー。汚物──糞便(ふんべん)、精液に吐瀉(としゃ)物──にまみれて終わる絶海の悪夢だ。

はるかな高みを目指し、ストイックな美学と奇をてらったテーマを両立させようとして失速するあたりが、天界から火を盗んで罰せられるプロメテウスの神話に重なる。前半はクレージーな魅力に満ちているのに、背伸びがたたって尻すぼみになるのだ。

灯台守のトーマス・ウェイク(デフォー)が新人イーフレイム・ウィンズロー(ロバート・パティンソン)と共に小さな孤島の灯台に赴任するところから、物語は始まる。

かつて船乗りだったウェイクは言葉遣いに厳しい。命令には「イエス・サー」ではなく、海の男らしく「アイ・サー」で応じろと、元きこりのウィンズローに言い渡す。

回転灯への異様な執着を見せる

最初の30分、パイプをくゆらす風変わりなベテランとたばこを吸う無口な若手の間に会話らしい会話はない。だが閉塞感と倒錯と狂気の高まりに合わせて2人は饒舌になり、後半は詩的で罰当たりで時にナンセンスな言葉が怒濤のようにほとばしる。

時代も舞台も明らかにされないが、文脈から判断するに19世紀末だろう。

幕開けはシンプルで素晴らしい。灰色の霧の中から船が現れ、ウィンズローとウェイクと荷物を殺風景な岩場に降ろして去ってゆく。

その後観客は居心地の悪さと、時に退屈を覚えながら2人の男と白い灯台に閉じ込められることになる。

灯台の内部には急ならせん階段、質素な台所と寝室、そして巨大な回転灯がある。

回転灯は産業革命時代の蒸気機関式で、若者は明かりが消えないように朝から晩まで石炭を運んでは、くべる。一方のウェイクは昼間は眠り、夜になると近くを通る船舶のために灯台の番をする。

ウェイクは灯台の上階にある回転灯に異様な執着を見せる。上階に鍵を掛けてウィンズローの立ち入りを禁じ、鍵と一緒に眠る。戸惑うウィンズローに「明かりはわしの物だ」とクギを刺し、後には「わしはこの明かりと結ばれている」と性的な所有欲まであらわにする。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中