スタイル抜群のあの女がこの家を乗っ取ろうとしている──認知症当事者の思い
でも長瀬さんには、大切なお知らせがあります。お父さんのことを世界でいちばん理解しているのは、私なのです。だから長瀬さんに出る幕はないのです。金輪際。一切。わかりますよね?
あなたに一度聞いてみたことがある。なんなの、毎日代わる代わる家にやってくる例の女たちは? そしたらあなたは、「お母さん、あの人たちは、お父さんとお母さんの生活を支援してくださっている女性たちなんです。介護のプロなんですよ」って言ったのだけど、こちらは家事のプロですから。
私は主婦を、もう六十年も立派に務めてきたのです。
誰もが、お母さんは完璧と言ってくれた。それはあなただって知っているでしょう? そして今、あなた、「介護」って言いました?
■主婦業からの引退勧告?
「お母さんが完璧なのは、私も知っていますよ。でも、お母さんも、もう八十歳。そろそろ楽をしたっていいじゃないですか。後期高齢者なんですよ、お母さん。お手伝いしてくれるって方がいるんだから、ありがたくそうしてもらったらいいじゃないですか」と、あなたは私の目をじっと見て、私を落ちつかせるように諭してくる。
そう言われると、そうかもしれないと思う。私ももう八十歳、そろそろゆっくり暮らすのもいいかもしれない。でも、体は動くし、頭もはっきりしている。ときどきもの忘れをするけれど、それも少しだけのことだ。
あなたが気を利かせて、お手伝いさんを雇ってくれたということであれば、話は別だ。そうだったら大歓迎。あなたはぶっきらぼうなところもあるけれど、優しい子だから、もしかしたらそういうことなのかもしれない。なにせ私の自慢の息子の嫁ですから。あなたは母親の愛情を知らない子。寂しい子。だから私が娘のように大事に育ててきた。立派なレディに育てあげた。
あの人たちが掃除や料理をしてくれるのは、大切な家族からのプレゼントだったことに私は気がついた。買い物だって行ってくださる。だからそれに甘えていい。
そうですよお母さん、甘えてくれていいんですよと、あなたは繰り返した。そうですか、わかりました、最初からそう言ってくれればいいじゃない。お手伝いさんだったら、ありがたいことです。
でも、あの長瀬さんという女性? 鮮やかな緑色のシャツにジーンズを穿いて、すごくスタイルがよくて、笑顔が素敵なあの人。ケアマネと呼ばれているらしい。あの人が来るたびに、お父さんのデイとかステイが増えたり、家に来る人が増えたりする。