最新記事

日本

スタイル抜群のあの女がこの家を乗っ取ろうとしている──認知症当事者の思い

2021年4月27日(火)16時55分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

でも長瀬さんには、大切なお知らせがあります。お父さんのことを世界でいちばん理解しているのは、私なのです。だから長瀬さんに出る幕はないのです。金輪際。一切。わかりますよね?

あなたに一度聞いてみたことがある。なんなの、毎日代わる代わる家にやってくる例の女たちは? そしたらあなたは、「お母さん、あの人たちは、お父さんとお母さんの生活を支援してくださっている女性たちなんです。介護のプロなんですよ」って言ったのだけど、こちらは家事のプロですから。

私は主婦を、もう六十年も立派に務めてきたのです。

誰もが、お母さんは完璧と言ってくれた。それはあなただって知っているでしょう? そして今、あなた、「介護」って言いました?

■主婦業からの引退勧告?

「お母さんが完璧なのは、私も知っていますよ。でも、お母さんも、もう八十歳。そろそろ楽をしたっていいじゃないですか。後期高齢者なんですよ、お母さん。お手伝いしてくれるって方がいるんだから、ありがたくそうしてもらったらいいじゃないですか」と、あなたは私の目をじっと見て、私を落ちつかせるように諭してくる。

そう言われると、そうかもしれないと思う。私ももう八十歳、そろそろゆっくり暮らすのもいいかもしれない。でも、体は動くし、頭もはっきりしている。ときどきもの忘れをするけれど、それも少しだけのことだ。

あなたが気を利かせて、お手伝いさんを雇ってくれたということであれば、話は別だ。そうだったら大歓迎。あなたはぶっきらぼうなところもあるけれど、優しい子だから、もしかしたらそういうことなのかもしれない。なにせ私の自慢の息子の嫁ですから。あなたは母親の愛情を知らない子。寂しい子。だから私が娘のように大事に育ててきた。立派なレディに育てあげた。

あの人たちが掃除や料理をしてくれるのは、大切な家族からのプレゼントだったことに私は気がついた。買い物だって行ってくださる。だからそれに甘えていい。

そうですよお母さん、甘えてくれていいんですよと、あなたは繰り返した。そうですか、わかりました、最初からそう言ってくれればいいじゃない。お手伝いさんだったら、ありがたいことです。

でも、あの長瀬さんという女性? 鮮やかな緑色のシャツにジーンズを穿いて、すごくスタイルがよくて、笑顔が素敵なあの人。ケアマネと呼ばれているらしい。あの人が来るたびに、お父さんのデイとかステイが増えたり、家に来る人が増えたりする。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中