最新記事

日本

スタイル抜群のあの女がこの家を乗っ取ろうとしている──認知症当事者の思い

2021年4月27日(火)16時55分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

■運転免許証は持っている

突然こんな失礼なことを言われ、私は面食らい、そしてショックを受けた。
だから、猛然と反論した。

「車をぶつけたことなんか、一度もないですよッ! こんな酷いことを言われて、とてもショックです。失礼だと思います。それに私は今まで事故だって一度も起こしたことはない、優良運転手ですよ!」

いつの間にか私の横に座っていたあなたが、私をなだめるように、「お母さん、車はもう何度もぶつけてしまっていますよね。うちの家の門にもぶつかったことがあったでしょう? それを責めているわけじゃありません。みなさん、とても心配してこうやってお話ししてくださっているんです。できれば、お母さんが自主的に......」と言って、途中であきらめたようで、それ以上何も言わなかった。この子は噓をついている。私は一度たりとも、車をぶつけたことなどない。

長瀬さんはあなたに加勢するように、「お母さん、お嫁さんもこう言ってくれていることですし、車の運転はおやめになったらどうでしょうか」と迫ってきた。

そこにいる全員を確実に黙らせるために、私は、真実を突きつけることにした。自室まで急いで行き、自分の免許証を持ってきて、開いて見せたのだ。

「私が運転したらあかんと、どこに書いてありますか? 法律で決まっているんですか? どうなんです? 後期高齢者は車を運転したらあかんと、法律で決まっているんやったら、どんな法律の何条に書かれているんか、今ここで教えてください。万が一決められているんやったら法を守りますけど、そうでないんなら車は手放しません。免許だって絶対に返上はしません。この免許証を見てください。ここに、『運転してもかまいません。安全運転でがんばりましょう』と、はっきりと書いてあるやないですか」と、私は自分の写真の横の文字を指さして見せた。

自分の声がどんどん大きくなるのがわかった。

熱をもった強い怒りをどうにかして鎮めようと、胸元を手のひらで強く押さえても、赤くなった顔は色を失うことなく、震える口元を隠すこともできなかった。

■あなた、「介護」って言いました?

長瀬さんは困ったような表情をし、デイの責任者は冷めてしまった緑茶の茶碗を見つめていた。あなたは小さなため息をついて、うんざりとした様子だった。うんざりなのはこちらのほうだというのに。

味方だと思っていたあなたも、長瀬さんにたくさん告げ口をして、お父さんと私の生活に立ち入ってくるようになった。長瀬さんは素晴らしいケアマネさんで、明るくて、楽しくて、優しい方だと言う。賢いと思っていたあなたでさえこのていたらく。長瀬さんの口車に乗ってしまったのは、経験の浅さ故のことなのかもしれない。そうだとしたら、責める気はない。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米PCE価格指数、3月前月比+0.3%・前年比+2

ワールド

ベトナム国会議長、「違反行為」で辞任 国家主席解任

ビジネス

ANAHD、今期18%の営業減益予想 売上高は過去

ワールド

中国主席「中米はパートナーであるべき」、米国務長官
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 8

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中