最新記事

人生を変えた55冊

「私は恵まれていたが、ディケンズで社会の不平等を知った」哲学者マーサ・ヌスバウム

2020年8月10日(月)11時40分
マーサ・ヌスバウム(シカゴ大学教授、哲学者)

ROBERTO SERRA-IGUANA PRESS/GETTY IMAGES

<3歳で『ぞうのババール』、6歳で『ライド・フォー・フリーダム』、そして10歳頃にディケンズに出合う。哲学者マーサ・ヌスバウムの土台になった5冊とは。本誌「人生を変えた55冊」特集より>

「大きなもりのくにで、ちいさなぞうがうまれた。なまえはババール。かあさんはこの子がかわいくてたまらない」――ジャン・ド・ブリュノフ著『ぞうのババール』は、3歳の頃からずっとお気に入りの一冊だ。


『ぞうのババール』
 ジャン・ド・ブリュノフ[著]
 邦訳/評論社

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

私はこの本を通して野生動物の世界をのぞき、彼らがいかに賢く感情豊かなのかを知った。人間が野生動物を残酷に攻撃することも(ババールの母親は狩人に撃たれる)、逆に彼らの友になり、幸せ探しを手助けできることも。
2020081118issue_cover200.jpg
どれも、哲学者としての私の思想の土台になっている。

パリでババールと友達になる女性は、象にとっての幸せが何かを十分に理解していない。彼女はババールに財布を渡してデパートに行かせ、靴や服を買ってやるのだ! でも少なくとも、おしゃれとは言えない緑色のスーツというババールの選択を尊重するし、最後には仲間と自由に暮らせるよう森に帰してやる。

6歳頃に好きだったのは、ジャンヌ・スプリエールとジュディ・ホミニックの『ライド・フォー・フリーダム/シビル・ルディントンの物語』(邦訳なし)。16歳の少女の実話だ。

少女はアメリカ独立戦争の時、馬に乗って険しい丘陵を越え、人々にイギリス軍の進軍を警告した。有名なポール・リビアの騎行と同じくらい長距離を走ったものの、女性だったため有名にはならなかった。

女性の英雄的行為を描いたこの物語に私は大きな感銘を受け、よく両親と一緒に自宅の地下室にあったのこぎり台を馬に見立てて、物語を演じた(もちろんシビル役は私だ)。あの頃から私は、人生にはどんな可能性も開かれていることを知っていた。

10歳頃に出会ったチャールズ・ディケンズの作品は、社会の不平等について理解するきっかけをくれた。幸運なことにとても恵まれた生活をしていた私はディケンズの作品を通して、社会に思いやりが欠けているために、多くの子供たちが貧困や飢えに苦しんでいることを学んだ。

最初に読んだのは『クリスマス・キャロル』。人間の再生を描くこの物語は、何度読んでも感動する。主人公のスクルージは、道徳に鈍感だと惨めな思いをする羽目になることや、他者への思いやりが人生に充実感と喜びをもたらすことを私たちに教えてくれる。


『クリスマス・キャロル』
 チャールズ・ディケンズ[著]
 邦訳/新潮社ほか

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

【関連記事】大ヒット中国SF『三体』を生んだ劉慈欣「私の人生を変えた5冊の本」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

旧ソ連モルドバ、EU加盟巡り10月国民投票 大統領

ワールド

米のウクライナ支援債発行、国際法に整合的であるべき

ワールド

中ロ声明「核汚染水」との言及、事実に反し大変遺憾=

ビジネス

年内のEV購入検討する米消費者、前年から減少=調査
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 6

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 7

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 8

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中