「悲しいとかないの?たった一人のお兄さんやろ?」──不仲だった兄を亡くした
「こんなことで連絡するなんて本当に残念なんだけど......」と言う私に、加奈子ちゃんは以前と変わらずハキハキとした声で、「本当にね」と答えた。
加奈子ちゃんは、兄よりは十歳以上年下だった。美しく、頭の回転がとても速い人だ。兄と離婚したのは七年前で、兄が故郷から宮城県に越してくる年のことだった。
「それで、良一君の様子は聞いた?」
「ある程度は聞きましたよ。元気だそうだけど、あまり話をしないって......」
「そりゃあね......。本当に申しわけないんだけど、私、塩釜に行けるの五日なんだよね」
「私も仕事あるし、良一に会おうと思ったら理子ちゃんが来てくれないと、いずれにせよ無理みたいで。あの人に親権があったから、良一に会うには、親類の立ち会いがいるみたいなんですよね。とにかく、私も塩釜署に行きますね」
兄と加奈子ちゃんが離婚したとき、上の子どもたちの親権を加奈子ちゃんが、そして末っ子の良一君の親権を兄が持った。その経緯について、私は詳細を聞いていなかった。しかし電話の声から、加奈子ちゃんが一刻も早く良一君を迎えに行きたい気持ちでいることは強く伝わってきたし、彼女の心情は痛いほど理解できた。
「とにかく、京都発の始発の新幹線に乗って塩釜に向かうから。塩釜署の前でお昼前ね」
「了解です。それじゃあ、気をつけて」
「ねえ、兄ちゃんの最期の様子、警察から聞いた?」
「いや、詳しくは......」
「脳出血だったらしい。かなり汚れているみたい」
「......」
加奈子ちゃんが塩釜署まで来てくれることがわかって、うれしかった。
兄とはすでに離婚している彼女が、兄の遺体の引き取りに立ち会う義理などこれっぽっちもない。それでも、そのときの私は、「斎場に直接来てくれればいいよ」と加奈子ちゃんに言ってあげることができなかった。誰かに、そこに一緒にいて欲しかったからだ。
次に連絡を取ったのは、良一君が保護されている児童相談所の担当職員の河村さんだった。調べてこちらから電話をかけた。
電話に出た女性に事情を説明すると、数分の保留ののち、河村さんが電話に出てきた。穏やかに、丁寧に話をする男性だった。
「お電話くださってありがとうございます」と河村さんは言うと、良一君の様子を教えてくれた。落ちついてはいるけれど、兄の話になると口をつぐんでしまうような状態だそうだ。
「葬儀の日程はお決まりでしょうか。できれば良一君を斎場までお連れして、お父さんと最後のお別れをさせてあげたいとは思っているのですが......」