「悲しいとかないの?たった一人のお兄さんやろ?」──不仲だった兄を亡くした
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<こじれた肉親との関係をどのように終(しま)えばよいのか。宮城県警塩釜警察署からの電話で兄の死を知った、関西在住のエッセイスト/翻訳家、村井理子氏の物語(後編)>
エッセイストとしても活躍する翻訳家の村井理子氏は、長年、不仲だった兄を亡くした。突然の病死だった。
いつかこんな日が来るのは分かっていた。しかし、実際にその日がやってきたとき、こじれた肉親との関係をどのように終えばよいのか。
近刊の書き下ろしエッセイ『兄の終い』(CCCメディアハウス)には、村井氏と兄の元妻が協力し合って兄を弔い、その身辺を片付けていく5日間の奮闘が描かれる。怒り、泣き、ときには少し笑ったりしながら、ずっと抱き続けてきた複雑な感情を整理していく。
2回に分けてその冒頭を抜粋し掲載する連載の後編。
※前編:不仲だった兄を亡くした。突然の病死だった──複雑な感情を整理していく5日間から続く。
DAY ONE 宮城県塩釜市塩釜警察署
■「たった一人のお兄さんやろ?」
自宅の最寄り駅から京都行きの始発電車に乗り、ここ数日のできごとについて考えていた。「お兄様のご遺体が本日午後、多賀城市内にて発見されました」という、塩釜署の山下さんの言葉が、何度も脳内で再生された。その特徴的な東北訛りが耳にしっかりと残っていた。
山下さんは、遺体引き取り時に必ず持ってきて欲しいと、死体検案書について私に念を押していた。
「葬儀屋さんに、検案書の取得と代金の立て替えを依頼できるはずです。いちど確認してみてください。遠方からお越しですから時間を無駄にすることがないように、こちらも短時間でお引き渡しできるようすべての書類は準備しておきます」と、塩釜警察署に運び込まれる遺体の引き渡しに慣れているという葬儀社二社を教えてくれた。
つまり塩釜署は、一刻も早く私に遺体を引き渡したい。しかし、引き渡された私はいったいどうすればいいのか。
たった一人で塩釜に向かうだけでもハードルが高いのに、いきなり兄の遺体を引き渡されて、どうしろというのだ? 兄は身長が百八十センチほどの大柄な男だった。あんなに大きい男(それも遺体)、どうやって運ぶの? いきなり斎場? えっ、まさかの喪主?
山下さんは、「これから先、ご遺体の状態が悪くなることも予想されます。お兄様との対面ができない可能性もあります。その点、どうぞ、ご理解ください」と、申しわけなさそうに言った。
大きいうえに状態が悪いとか、本気で勘弁して欲しい。
塩釜署の山下さんとの電話を切った私は、完全にうろたえた。年老いた親戚の顔を次々と思い浮かべ、いったい誰が塩釜まで兄を見送りにやってくるのだと笑いたい気持ちになった。
父が死んで三十年、東京近郊に住む父方の親戚とはほとんど交流がない。母も五年前に他界し、母方の親戚とも滅多に連絡を交わさない。