最新記事

音楽

暴力団取材の第一人者、ABBAで涙腺崩壊──「ピアノでこの曲を弾きたい」

2020年4月21日(火)16時25分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

LeMusique-iStock.

<『サカナとヤクザ』の校了が迫るなか、事実確認のため軽トラで北海道へ。テントで就寝中、北海道胆振東部地震が発生した――。そこから鈴木智彦氏が一本の映画に出合い、ピアノを習い始める決意をするまで(後編)>

昨年のベストセラー『サカナとヤクザ』(小学館)、そして『ヤクザと原発』(文春文庫)『潜入ルポ ヤクザの修羅場』(文春新書)などの硬派なルポで知られる、暴力団取材の第一人者でありノンフィクション作家の鈴木智彦氏は52歳になってからピアノを習い始めた。きっかけは一本の映画だった。

熱に憑かれたようにピアノ教室の戸を叩き、ついには発表会でABBAのヒット曲『ダンシング・クイーン』を演奏するまでの1年と少しの記録を新刊『ヤクザときどきピアノ』(CCCメディアハウス)に書いた。

今もピアノを続けている鈴木氏は言う。「遅く始めたからといって、俺たちは、なにも失っちゃいない。まだなにもしてねぇのに、へこむことないじゃん。はやいよ・笑」

2回に分けて、その冒頭を抜粋し掲載する連載の後編。

※前編:『サカナとヤクザ』のライター、ピアノ教室に通う──楽譜も読めない52歳の挑戦(まえがき抜粋)より続く。

◇ ◇ ◇

Prélude シネマでABBAが流れたら――ライターズ・ハイの涙

■『サカナとヤクザ』の締め切りで

遅筆である。

というより、ノンフィクションを飯の種にしていれば取材に時間がかかる。ネットで検索できる情報は金にならない。図書館に出向いたところで参考資料はほとんどない。にもかかわらず、毎年、コンスタントに本を書けるのは面妖である。短時間の取材でまとめた企画本はそれなりにしかならない。発酵の時間を省いて美味いパンは焼けない。

壮大なブーメランで自爆したいのではなかった。指摘したいのはライターが(いや俺が)、自分の本を面白く、価値ある作品にすることしか考えていないという事実である......といえばたいそう立派に聞こえるが、何事にも限度があり、インプットを続ける書き手も困りものだ。費やす時間は多いほどいいが、情報のコレクターではないのだから、アウトプットしなければならない。発売が遅れるほど取材費がかさみ、売り上げで回収できるか危うくなる。収支がマイナスになった時点で商業作家として破綻する。

だが、いったん作品を世に出せばすべての評価は自分に返ってくる。時間が、費用が、編集が、出版社が......一切の言い訳は通用しない。だからなかなか取材にピリオドを打つ勇気を持てない。

このとき締め切りを抜けたばかりの『サカナとヤクザ』の取材はずるずると五年間続いていた。取材費だけでもウン百万円は突っ込んでいた。にもかかわらず取材途中だった。知れば知るほど調べたくなる。

「どうですか? そろそろデッドです」

「ごめん、あと半年、いや一年はかかる」

「何年待ってると思ってるんですか!! 密漁博士になるつもりですか! 今回は言わせてもらう! 今どき、あんたのように締め切りを破って居直るライターなんてどこにもいないんだ!!」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ発表 初の実戦使用

ワールド

国際刑事裁判所、イスラエル首相らに逮捕状 戦争犯罪

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数

ビジネス

米国は以前よりインフレに脆弱=リッチモンド連銀総裁
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 2
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 5
    「ワークライフバランス不要論」で炎上...若手起業家…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 10
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国」...写真を発見した孫が「衝撃を受けた」理由とは?
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    建物に突き刺さり大爆発...「ロシア軍の自爆型ドロー…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶり…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中