最新記事

BOOKS

名作『アラバマ物語』のファンをがっかりさせる55年ぶりの新作

ハーパー・リーの新作小説は今も変わらぬ人種差別意識を浮き彫りに

2015年7月16日(木)17時15分
渡辺由佳里(アメリカ在住コラムニスト、翻訳家)

期待の新作 ハーパー・リーの新作小説には前作の愛読者から予約が殺到した Lucas Jackson-REUTERS

 アメリカ南部の黒人差別の実態を描いたハーパー・リーの『To Kill a Mockingbird 』(邦訳:『アラバマ物語』暮らしの手帖社刊)は、アメリカの大部分の学校が課題図書にしているモダンクラシックだ。本を読んだことがない人でも、グレゴリー・ペックが正義感ある弁護士のAtticusを演じた映画と言われれば思い当たるだろう。

 『To Kill a Mockingbird』はアメリカだけでなく全世界でベストセラーになったが、ハーパー・リーはその後二度と小説を刊行しなかった。メディアのインタビューにも応じず、公の場を避けるリーには「隠遁者」のイメージがつきまとってきた。

 今年初め、リーが55年の沈黙を破って新作を刊行するという噂が流れ始めた。だが、新作ではなく、『To Kill a Mockingbird』の元になった作品だという。これまでリーの弁護士役を務めてきた姉のアリスが健康上の問題で引退し、引き継いだ弁護士が金庫の中に埋もれていた小説を発見したというのだ。リー本人の許可を得てそれをオリジナルのままで刊行することになった。

 だが、この作品の発売前には関係者の口は固く、メディアはいくつもの疑問を投げかけていた。これまでリーを守ってきた姉がいなくなってから紛失していた原稿が突然見つかったのは不自然だ。また健康を損ね、視力と聴力が衰えているリーが本当に承諾したのかどうか疑わしい。作品の出来にかかわらず新刊がベストセラーになることは確実だから、それによって利益を得る人々(家族、出版社、エージェントなど)が強く推したのではないか......。さまざまな憶測が流れた。

 リーの弁護士、エージェント、友人らがビデオ取材に答えて疑念はやや晴れたが、それでも『To Kill a Mockingbird』の愛読者のもやもや感は消えなかった。

 アメリカで発売された新刊『Go Set a Watchman: A Novel』の時代背景は、公民権運動が盛んになっていた1950年代。全米ではトルーマン大統領が軍隊での人種隔離を禁ずるなど進展をみせていたが、南部ではそれに反発するように人種分離政策が進んでいた。『Mockingbird』の幼い少女Scoutは26歳になり、Jean Louiseと呼ばれてニューヨークで暮らしている。ニューヨークから故郷アラバマに帰省し、崇拝する父のAtticusが白人至上主義団体「Citizens' Councils」の会議に出席していることを知って衝撃を受け、衝突するという物語だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米相互関税は世界に悪影響、交渉で一部解決も=ECB

ワールド

ミャンマー地震、死者2886人 内戦が救助の妨げに

ワールド

ロシアがウクライナに無人機攻撃、1人死亡 エネ施設

ワールド

中国軍が東シナ海で実弾射撃訓練、空母も参加 台湾に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中