世紀のペテン師を描く極上サスペンス
富豪ハワード・ヒューズの自伝でっち上げ事件を題材にした『ザ・ホークス』は、スリルとブラックユーモア満載の一級品
はまり役 観客はリチャード・ギア扮する作家アービングを応援してヒヤヒヤしどおし(4月30日公開) Program Content and Photos © 2006 Hoax Distribution, LLC. All Rights Reserved.
1971年、実在の作家クリフォード・アービングによる壮大な詐欺事件が全米を騒がせた。詐欺のネタは、当時のアメリカを代表する億万長者で、世間に背を向けて隠遁生活を送っていた変人ハワード・ヒューズ。アービングはヒューズの独占インタビューに成功して自伝の執筆を頼まれたと出版社にもちかけ、巨額の出版前払い金を手に入れたのだ。
実際には、アービングも詐欺仲間のディック・サスカインドもヒューズに会ったことなどなかった。だがアービングの説得力にあふれるホラには、筆跡鑑定の専門家やヒューズを実際に知る人々まで完璧に騙されたほど。しかも、ラッセ・ハルストレム監督の秀作『ザ・ホークス ハワード・ヒューズを売った男』によれば、その嘘はニクソンの大統領就任やウォーターゲート事件にまで影響を及ぼしたようだ。
ウィリアム・ウィーラーによる巧妙な脚本は、複数の詐欺容疑で服役したアービングが出所後に出版した大胆な回顧録に基づいている。アービングの回顧録を忠実に映画化しただけでも極上のサスペンスになっただろうが、ハルストレムとウィーラーは信用度ゼロの詐欺男が明かした「事実」に頼るだけでは満足できなかった。
彼らはヒューズとニクソン政権の関係を調べるとともに、事実にいくつかの脚色を加えて、挑発的でブラックユーモアに満ちた物語を作り上げた。スクリーンでのアービングは、自らでっち上げた虚構のストーリーよりもずっと壮大で複雑な陰謀に翻弄されていく。
映画は、70年代初期の不安定な空気を見事に捕らえている。ベトナム戦争への反戦活動と反体制ムードの盛り上がりがアービングの大胆不敵な犯行を後押しし、権力を騙しているだけだと自己を正当化させた。その一方で、この作品が描く世界は「真実っぽいもの」を真実として押し通す昨今のメディアや政治の風潮に通じるものもある。
早口で薬物中毒で魅惑的なアービングに扮したのは、鼻に特殊メークを施したリチャード・ギア。この役はギアのはまり役だ。
墓穴を掘ってはさらなる嘘で切り抜ける
ギア演じるアービングは、自分が演じる役どころ(つまりヒューズ)に同化しすぎて、自分の嘘を信じそうになる才能豊かな俳優のよう。アービングはヒューズの自伝を書くためにヒューズになりきる必要があったが、アービングが偏執狂的な妄想にのめりこんでいくにつれて、映画自体も表現主義へとシフトする。
アービングが騙す相手は、大手出版社マグローヒル・カンパニーズの編集者や経営陣だけではない。神経質な友人サスカインド(アルフレッド・モリナが愉快に演じている)や、自分の妻でアーティストのエディス(マーシャ・ゲイ・ハーデン)といった詐欺仲間も、アービングの嘘の被害者だ。妻エディスは、夫と女優ニナ・バン・パラント(ジュリー・デルピー)の不倫に深く傷つくが、アービングは妻に嘘をついて関係をもち続ける。
それでも、ギアの説得力あふれる演技のおかげもあって、観客はアービングを応援したくなる。アービングに騙された人々に嘘を信じたい理由があったことも、その理由の一つだろう。ヒューズの自伝は、すべての関係者にとって「カネのなる木」になるからだ。