最新記事

映画

自分語りが止まらない

『食べて、祈って、恋をして』は言葉ですべてを語り尽くす説明過剰な女性向けロマンチックコメディー

2010年10月19日(火)15時02分
ジェニー・ヤブロフ

うざい 映像に語らせず、ひたすら主人公のリズ(ジュリア・ロバーツ)が喋りまくる(公開中)

『食べて、祈って、恋をして』はベストセラーとなったエリザベス・ギルバートの自伝的小説の映画化だ。インドの寺院に滞在していた主人公のリズ(ジュリア・ロバーツ)は、「ただいま沈黙中」のバッジをシャツに着ける。だが10分とたたないうちに、そんなものは取れてしまう。

 確かにリズはひたすら「食べて、祈って、恋をして」いるが、本当はしゃべっていることのほうが多い。友人と話し、夫と話し、ボーイフレンドと話し、旅先で出会った人と話す。独り言も言う。ナレーション(大半は原作をそのまま引用)や彼女の電子メール、彼女の書いた戯曲にも、彼女のしゃべりはあふれている。

 リズの心の旅をドラマ化するに当たって、監督のライアン・マーフィーは自分を十分に信用できなかったか、ロバーツには身ぶりや表情だけでメッセージを伝える演技力がないと思ったのだろう。だから登場人物のすべての考えを口で説明し、すべての感情を言葉に置き換えようとした。

 リズがインドで結婚式を見学する場面には、リズの結婚式の回想場面が登場するだけでなく、友人のこんなせりふもある。「あなた、自分の結婚式のこと考えてる? ま、私もそうなの」。それくらい、言われなくても分かるけど。

 映画は本来、視覚メディアだ。一流の監督は、言葉を省いて物語を伝えるために視覚を活用する。アルフレッド・ヒッチコックは、何ページもの解説を要するトリックも1ショットに要約できた。名女優イングリッド・バーグマンは視線や微笑でヒロインの性格を伝えられた。だから会話は、人と人の関係を表現すればよかった。

演技よりも言葉で勝負

 だが最近の映画のいくつか、特に女性向けのロマンチックコメディーは、演技を捨ててひたすら言語に頼っている。

 登場人物は素敵な衣装を着てエキゾチックな場所に行き、その体験をしゃべったり書いたり、ブログにつづったりする。おかげで私たちは彼女たちの気持ちを正確に理解できる。たくさんの言葉で教えてくれるからだ。

 この傾向が始まったのは、一人称の語り口を多用した『ブリジット・ジョーンズの日記』(01年)からかもしれない。だが本格的に視覚よりも語りの力に訴えようとした作品は、テレビドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』の映画版だろう。主人公のキャリーは、自分の脳裏に浮かぶ考えも感覚もすべて口にした。

 09年の『ジュリー&ジュリア』では、ジュリー・パウエルのブログとジュリア・チャイルドの手紙からの抜粋をたっぷりと聞かされた。こうした作品の監督たちは、原作の文章をできるだけ多く詰め込めば原作に忠実でいられると考えているようだ。

 この手の作品は、だから芸術というより自己啓発フィルムのようになってしまう。誰もが自分の気持ちを素直に口にし、内なる矛盾や葛藤の入り込む余地はない。

 本作でも、リズが友人とピザを楽しむ場面はいい雰囲気だ。しかしピザを味わうことがいかに重要かをリズが講釈し始めた時点で、すべては台無しだ。今さら「もう自分が誰だか分からない」と言われても、観客はそんな話、耳にタコができるほど聞かされている。

 この映画にリアルな人物は登場しない。真実味のあるキャラクターなら、時には自分の言葉と矛盾した振る舞いもするはずだ。所詮自分の行動の動機をすべて語るのは不可能だし、口を閉じたくなる場面もあるはずだから。

[2010年9月22日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

マスク氏、近く政権離脱か トランプ氏が側近に明かす

ビジネス

欧州のインフレ低下、米関税措置で妨げられず=仏中銀

ワールド

米NSC報道官、ウォルツ補佐官を擁護 公務でのGメ

ワールド

トランプ政権、輸入缶ビールに25%関税賦課 アルミ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台になった遺跡で、映画そっくりの「聖杯」が発掘される
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 7
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 8
    博士課程の奨学金受給者の約4割が留学生、問題は日…
  • 9
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 10
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 8
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 9
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 10
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中