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40歳になったセサミストリート

史上最強の教育番組が成し遂げたこと、これから成し遂げるべきこと

2009年7月14日(火)17時06分
リサ・ガーンジー(ジャーナリスト)

怪物番組 アメリカ国際玩具見本市で展示されたセサミストリートのキャラクター「エルモ」のグッズ (2月14日、ニューヨーク) Chip East-Reuters 

 驚いてはいけない。あの『セサミストリート』が40歳になった。子供の頃に『セサミ』を見て、今この記事を読んでいるあなたには、ショッキングなニュースに違いない。あなたも、そして『セサミ』も、立派な中年になったということなのだから。

 でも(あなたはともかく)『セサミ』の面々は、今もまったく変わっていない。ビッグバードは相変わらずよたよた歩き、クッキーモンスターは甘いもの中毒、アーニーはくだらない質問をバートに浴びせ続けている。地球上で最も変化の激しいテレビ界で、『セサミ』がここまで続いたのは、奇跡といっていいかもしれない。

 けれども、もう1つショッキングなニュースがある。ニールセン社の調査によれば、『セサミ』のアメリカでの視聴率は子供向け番組のなかで平均15位。月によっては、もっと下位のこともある。

『セサミ』を制作しているのは、非営利プロダクションのセサミ・ワークショップ(旧称チルドレンズ・テレビジョン・ワークショップ)。最盛期の制作本数は年130話に及んでいたが、今ではわずか26話だ。

 おまけにセサミ・ワークショップは先頃、スタッフの20%削減を発表した。現在の不況が非営利団体に重くのしかかっているという理由からだ。

 そうはいっても、『セサミ』を作っているのは、ただの非営利団体ではない。『セサミ』はテレビ史上最も重要な教育番組といえるシリーズなのだから。アメリカでも国外でも、教育や子育て、文化の多様性に関する私たちの思考回路に、ここまで影響を与えたテレビ番組はほかにない。

 もっと言えば、『セサミ』は世界を変えたといえるかもしれない。それは言い過ぎだろうって? では、もし『セサミ』がなかったら今の世界がどうなっていたかを、想像してみよう。

すぐ表れた大きな効果

 まず、テレビは相変わらず「不毛の地」だったかもしれない。この表現は、61年に米連邦通信委員会(FCC)のニュートン・ミノー会長が使ったものだ。当時は幼児番組も、見るべきものがほとんどなかった。
 テレビジャーナリストのマイケル・デービスは、近著『ストリート・ギャング──セサミストリート全史』の中で、『セサミ』が生まれたきっかけを書いている。

 ある日、行動心理学者のロイド・モリセットが、居間に入っていった。すると3歳の娘が、テレビの試験放送を食い入るように見詰めていた。

 数週間後のパーティーの席で、モリセットはその話を持ち出した。子供はテレビから何かを学べるものなのだろうか? 幼児教育が盛んな現代からみれば、あまりに牧歌的な質問だが、当時としては新鮮な問いだった。

 こうして69年、『セサミ』はスタートする。ちょうど当時、生まれたときの赤ん坊の脳は十分に発育しておらず、乳幼児期の経験に影響されるかもしれないということが、研究によって明らかになっていた。

「当時は、学校に上がる前の子供たちの知力に、ほとんど関心が払われていなかった」と語るのは、ジョーン・ガンツ・クーニー。セサミ・ワークショップの共同設立者で、番組のきっかけとなったパーティーを主催した人物だ。

 子供は幼稚園に行く前にABCをちゃんと覚えられるはずだと、クーニーは考えていた。もし助けが必要なら、変な格好の人形たちがABCの形をしたクッキーをガツガツ食べてみせてもいい。

 この企画には、教育省がいい顔をしなかった。その頃の幼児番組といえば、視聴率が低いか、レベルが低いかのどちらかだった。

 それでも教育省は、『セサミ』のスタートに必要な800万ドルの半分を負担した。「まさに英断だった」と、モリセットは言う。

 英断の結果はすぐに表れた。69年秋からのシーズン1では、1~10までの数え方を扱ったが、2歳児も20まで数えられることが分かった(現在のエピソードでは、20、30──と10刻みだが、100まで数えている)。

 『セサミ』はエミー賞3部門と、権威あるピーボディー賞を獲得し、ニューヨーク・タイムズ紙にも1面で取り上げられた。こんなファンレターまで舞い込んだ。

 「『セサミストリート』の恩恵を受けている多くの子供や家庭は、テレビ史上最も有望な実験に参加しているのです。・私たちの政権は子供たち、とりわけ5歳までの教育機会の拡充に取り組んでいます。あなた方の素晴らしい番組のスポンサーに名を連ねることを喜ばしく思います。リチャード・ニクソン」

 しかし最も強い手応えは、子供たちのテスト結果に表れた。子供への効果をこれほどはっきり示した番組は、現在までほかにない。09年も『セサミ』は、研究関連に77万ドル以上の予算を割いている。

 誰もが優れた幼児教育番組と認める『セサミ』だが、教育者も自らの教材としてきたことは見落とされがちだ。「『セサミ』がスタートする前、幼稚園ではほとんど何も教えていなかった」と、クーニーは言う。「そこへ突然、数字や文字を知っている子供たちが、どっと入ってきた」

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