欧米で注目を集める「歩くだけ」心理療法、ウォーキング・セラピーとは何か
そんなとき、私たちの体は容赦ないストレスと必死に戦いながら、「戦うか、逃げるか、固まるか」という究極の選択にさらされ続けます。そのうちに自分と他者の間にあるべき境界線の感覚は完全に失われ、人間という動物が大事にケアされるべき存在だということも忘れてしまいます。
一言で言えば、私たちは自分自身を見殺しにしてきたのです。そして私の経験では、最も深刻な心の傷が生じるのは、他人ではなく自分自身に見殺しにされたときなのです。
では、あなたはどんなときに、自分を見殺しにしてきましたか。好きだった趣味をやめてしまったとき? あるいは、仕事に直結しない人とのつながりを絶ったときでしょうか。過食や酒の飲み過ぎに走ったとき、好ましくないタイプの人物に接近したとき、あるいはもっとシンプルに、あまりに長時間働き過ぎたとき――。どんな場面で自分を見殺しにしがちかを振り返ってみることで、どのタイミングで人生をコントロールできなくなったのか気づけるかもしれません。
自分の人生を自分でコントロールできなくなる、他者との境界線が消えてしまう、そして「ノー」や「やめて」を言えなくなる――これらが重なると、判断力が鈍り、不安やストレスが高まります。そして、その状態が長期間続くと、自分らしさを見失い、身動きが取れなくなって無力感に苛(さいな)まれます。見失ってしまった本来の自分を再発見して自らに正直になること、そしてストレスを生む要因をコントロールする手法を学ぶことが、この本の狙いです。
もう自分を見殺しにするのはやめて、ないがしろにしてきたものを大切にしましょう。そして、「自分勝手」に振る舞う方法を学びましょう。
自分勝手という言葉には、他人を顧みない利己的なイメージがつきまといます。でも、友人や同僚とパブに行く代わりに、一人で映画館に向かうのは自分勝手な行動でしょうか。同僚がデスクで昼食を取るなか、屋外で1時間のランチを楽しむのは自分勝手でしょうか。答えは、もちろんノー。そんなふうにあなたに思い込ませる権利は誰にもありません。
こうした行動は、自分勝手ではなく「セルフケア」です。他人にどう思われるかは関係ありません。重要なのは、あなたが直感的に何を信じ、どう感じるか。私たちはあまりに簡単に自分の本音を隠し、他人のコントロールに身を委ね過ぎなのです。