STEAMとは何か 仕事を奪われる(?)AI時代を生き抜く教養
ただ、AI時代に新たに求められるというartとは、果たして何だろうか。artの語義は、日本語でいう「芸術・美術」よりもはるかに広い。武道や格闘技は「martial arts」と呼ぶし、療法は「healing arts」、家政は「household arts」だ。
自然科学や数学、これらを応用した技術や工学といった、自然界の法則を発見し活用することが「STEM」だとすれば、artは人間が社会との関わりの中で模索しながら、自然界にはないものを創り上げていくものといえそうだ。
思えば、政治学、経済学、法学や歴史学などの文科系領域は、ほとんどがartに属する。すなわち「STEAM」とは、文系・理系といった枠組みの区別を意識せず、横断的に知識を習得し、新たな価値を創り上げていく姿勢だといえる。
AIを使いこなすための科学リテラシー
ところで、著者の伊藤氏は航空管制の世界にAIを導入する研究者だが、AIによる機械学習(ディープラーニング)を航空管制システムに組み込むことには懐疑的だという。
一般のエンジニア的な発想では、膨大なビッグデータをAIに読み込ませて、自動的に自己修正を繰り返すことで、理想的な管制システムを創り上げられると考えがちだ。伊藤氏も管制システムの一部に機械学習を採り入れることは肯定しているが、「大事なのは、適用する問題を見誤らないことです」(227ページ)とも付け加えている。
テクノロジーを突き詰めてシステムを構築すると、むしろそのシステムを瓦解させかねない。科学の限界を見抜く力を伊藤氏は「科学リテラシー」と呼ぶ。科学はもともと世の中をできるだけ法則化し、未来を予測するための「サバイバル術」として発達したという。
日本で生まれ育った伊藤氏自身も、科学リテラシーを武器にさまざまな壁を乗り越えてきた。そのおかげで、オランダ航空宇宙研究所やNASAエイムズ研究所など、海外で科学者として活動できたのだと語る(現在は国立研究開発法人 海上・港湾・航空技術研究所 電子航法研究所の主幹研究員)。
常識を疑い、目に見えない物事の本質を推測し、人間や社会に対する深い見識に裏付けられる科学リテラシーは、まさにartの領域だ。
アップル創業者のスティーブ・ジョブズが「カリグラフィー」を極めていたのはよく知られた話だ。カリグラフィーとは、アルファベット文字を美しく魅せるためのデザイン、いわば「西洋の書道」である。他方で彼は、東洋における「禅」の思想にも傾倒していた。ジョブズは「STEAM」のartに精通し、「STEM」で培われた高度なコンピューターを一般的な人々の感覚と結び付けることで、普及に貢献する役割を果たしたといえる。
AIが進化する以前から、この世に新たな価値をもたらし、社会に影響を与え、卓越した活躍をする人々は、文系・理系といった狭い枠組みを軽々と飛び越える横断的な知識を身につけていた。「AI時代」となった今、そうした人材がますます多方面で必要となってくる。そこで、さまざまな集団や個人をまとめる共通言語(=教養)としての「STEAM」が重要になるというわけだ。
人間独自の「art」要素を多分に持ち、時代に合った正しい科学リテラシーを身につけた者だけが、AIに生活や人格をむしばまれることなく、むしろAIを便利な道具として有効活用できる。
本書は人間にとって底知れぬ潜在能力を秘めたAIを、適度に恐れつつ、適切に活用するための科学リテラシーを身につけるきっかけとして、最適な入門書である。
『みんなでつくるAI時代
――これからの教養としての「STEAM」』
伊藤恵理
CCCメディアハウス
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