僕らは宇宙を「老化させる」ために生きている...池谷裕二が脳研究から導く「生きる意味」
──その姿勢は大事にしたいと思います。「人工知能と人間の脳の比較」についての解説で、「生きがいは、ヒトの不完全性から生まれる」とあったことにも、私は安心を覚えました。
もし私たちが完全だったら、生きがいなんてないですよね。失敗を経て何かができるようになる喜びも感じられない。足りない点があるからこそ、人間は魅力的であって、それは生成AIの出現で消えてしまうほど柔なものではないことがわかりました。
科学者の道を志すきっかけをくれた『人生論』
──池谷先生の人生や価値観に影響を与えた本は何でしたか。
武者小路実篤の『人生論』というエッセイです。最初に私が『人生論』を読んだのは中学生の頃でした。彼の文章はくどくて読みにくく、「私のほうがうまく書けるのに」と思うくらいですが(笑)、私にとって人生の指針になっています。2つ印象に残っているところがあります。
1つは、彼のお母さんが最期を迎える際に痛みで苦しんでいたことから、「人間には痛みが過剰に与えられている」と書かれていたことです。中学生のときなので、人間の生態は進化の過程における最終産物の1つであるし、よくできていると思っていたんですね。だけど痛みを感じすぎるほど不都合を抱えているというのです。そこで「なるほど、人間はもちろん生物って不完全なんだ」と、本書にも通じる気づきを得ました。
もう1つ印象的だったのは、人生で一番大切なことは、過去の偉人たちが遺してきたもの、知見や芸術をたくさん勉強して引き継ぎなさい、という点。そしてそれをプラスアルファして後世に伝えなさい、と書いてあった点です。
この言葉に出合った当時、これを実践するのに一番よいのは科学者になることではないか、と思いました。科学者なら、何かしら発見したことを論文にすれば、後世に引き渡すことになるのではないか。そう科学者を志すきっかけを与えてくれた本でもあります。