2、3冊の同時並行読みを15分──「5つの読書術」を半年続けることで表れる変化とは?
「芋粥」は、芥川の短編のなかで、わたしがもっとも好きな作品だ。「王朝もの」といわれている作品群のひとつで、宇治拾遺物語に題材を得ている。
平安時代、風采のあがらない貧乏侍「 五位(ごゐ)」がいた。上司にも同僚にも、子供にさえ馬鹿にされる、うだつのあがらない男。自分の酒瓶の中身を飲まれて、そのあとへ小便を入れられるという、たちの悪いいじめも受ける。
しかしそんなときでも、この男は怒りを見せない。怒ることができない。
うだつのあがらない男の発する、なにげないこの言葉を耳にして、ふと、ある若侍が電撃に撃たれる。深く、感じ入る。自らを恥じる。
物語の筋とは関係のない、なんということのない一節だが、わたしはこの一節から離れられなかった。救われた。
弱き者、小さくされた者、世間の迫害にべそをかいた人間。なぜか子供のころから、わたしの眼にも、それら「五位」たちの姿が映りやすかった。その声が耳を離れがたかった。彼ら彼女らに、大きな過ちを犯さずに生きていきたい。「マッチョ」で、無意識に人を傷つけやすいわたしに、多少なりとも歯止めがかかっているならば、それはこの作品のおかげだ。
つねづね、どこかで読んだことのある話だとは思っていた。ある日、ゴーゴリの『外套』に似たような筋があることに気づいた。どうやら英訳本でゴーゴリも読んでいたらしい。親友である作家・久米正雄に、そういう証言がある。
芥川の速読は、希代の名作も生んだ。速読は、人を救うことがある。
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