タダ同然の魚からお金を生み出す...... 24歳シングルマザー社長が日本の漁業に奇跡を起こした

2022年10月8日(土)11時00分
坪内知佳(GHIBLI代表) *PRESIDENT Onlineからの転載

萩大島の漁法は巻き網漁が中心である。巻き網漁は、6〜7隻の船が船団を組んで行う漁法。長さ600メートル、深さ250メートルほどの巨大な網で、魚の群れを囲い込む。網の下には鉄のロープが付いており、これを巾着のように絞ることで、魚を包み込んで獲る。

「流通に乗らない魚」を売ったらどうか......

出航する様子や港に戻ってからの彼らの作業を見学したところ、素朴な疑問が湧いてきた。

漁で獲ってきたアジやサバは漁船から水揚げされると、漁協が運営する市場に運び込まれる。漁協が競(せ)り、仲買人が競り落とすことで価格が決定。それを仲買人が「卸(おろ)し」に引き渡し、そこから小売店で販売され、私たち消費者に届く。

これが基本的な流れなのだが、メインの商品以外で網にかかった魚は、先のルートとは別の扱いになっていた。1つの箱に無造作に詰められ、仲買人が威勢良く競り落としていくこともなく、見る限り相当に安価で取り引きされている。

翌日の競りまで市場に置かれたままだったり、最悪の場合、捨てられたりする魚もありそうだ。そうした様子を見ていて、「これを自分たちで売れば、いいのではないか」、そんな思いつきが浮かんだ。

これが後に私たちが手掛けるビジネスが生まれたきっかけだった。

三方良しのビジネス

タダ同然、または捨てられる魚がおカネに変われば、単純に漁師の収入増になる。なにしろ魚自体は新鮮そのものだ。ただ、買い手がつかないことで、まったく手間を掛けられることなく市場に投げ込まれる。

漁師たちは自分たちが食べるために、その一部を別に保管して持ち帰り、自宅で「漁師メシ」として食べていた。その料理は魚にも非常に丁寧に手入れがされていて、抜群に美味しい。

この魚を自分たちで直接消費者に売ることができれば、今のような安い値段ではなく、もっと市場価格に近い値段で売れるだろう。これは、


①地元の水揚げ高にさほど影響を及ぼすことなく浜での売れ残りやフードロスを減らし
②漁業者の収入が増え
③消費者も鮮度のいい安全な魚を食べられる

そんな「三方良し」のビジネスモデルになるのではないか。

「俺たちは潰される」

さっそく、このアイデアを元に事業計画案を作成し、長岡たちに見せた。彼らから返ってきた反応は、私には予想外のものだった。

「そんなことができるはずがない」
「そんなことをしたら、わしらは潰される」

せっかく考えたのに、頭ごなしに否定しなくてもいいではないか。当時の私には、なぜそれが「できるはずがない」のかも、それをしたら「潰される」のかも、まるで理解できていなかった。

これは後で知ったのだが、長岡たちも自分たちで獲った魚の一部を直接、消費者に売れないかと検討したことがあったらしい。すでに直接販売に実績があった県外の実態を視察し、漁協にも直販について提案したという。しかし、萩の浜ではその案が採用されることはなかった。

ピンチはチャンス

地元の漁協関係者からすれば、自分たちが蔑(ないがし)ろにされるようで面白くないのだろう。

その気持ちはわからなくもない。だが、漁獲高が顕著に減少し、魚価が低迷するなかで、自分たちも生き残っていかなければならない。法律に違反しているわけでもないのに、ちょっと業界のルールに反したからといって「潰される」なんてことがあるはずがない。

そう思ったものの、彼らがそれだけ怖がるのだから、なにかしら理由があるのだろう。自分たちで獲った魚を自分たちで売るという、漁業の素人である私からすればごく当たり前のことに、想像以上に大きなハードルが立ちはだかっていることだけは確かなようだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

S&P、アダニ・グループ3社の見通し引き下げ 米で

ワールド

焦点:ウクライナ巡り市民が告発し合うロシア、「密告

ワールド

台湾総統、太平洋3カ国訪問へ 米立ち寄り先の詳細は

ワールド

IAEA理事会、イランに協力改善求める決議採択
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中