最新記事

文章術

いい文章を書くなら、絶対に避けるべき「としたもんだ表現」の悪癖

2021年11月5日(金)11時59分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

新聞記者は一年目、二年目といった新人のころ、高校野球を担当させられるので、高校野球の記事は常套句の宝庫(?)です。

試合に負けた選手は「唇をかむ」し、全力を出し切って「胸を張り」、来年に向けて練習しようと「前を向く」ものです。一方、「目を輝かせた」勝利チームの選手は、「喜びを爆発」させ、その姿に「スタンドを埋めた」観客は「沸いた」。

常套句を使うとなぜいけないのか。あたりまえですが、文章が常套的になるからです。ありきたりな表現になるからです。

しかし、それよりもよほど罪深いのは、常套句はものの見方を常套的にさせる。世界の切り取り方を、他人の頭に頼るようにすることなんです。

どういうことでしょう。

たとえば先ほど書いたように、秋の晴天を、「抜けるような青空」と書いたとします。最初にこの表現を使った人は、ずいぶん苦労したのでしょうね。どこにも雲一つない、突き抜けていけそうな、まるで天蓋の底が抜けたような空。それを「抜けるような青空」と書くとは、なかなかな文章術だと思います。

しかしいったん書かれてしまうと、そしてその表現が「流行」していろんな人が書くようになると、もういけません。「抜けるように青い空」と書いた時点で、その人は、空を観察しなくなる。空なんか見ちゃいないんです。他人の目で空を見て、「こういうのを抜けるような青空と表現するんだろうな」と他人の頭で感じているだけなんです。

事実は、秋晴れの日に、ひとつとして同じ日はないのです。すべての青空が、違う青さをもっている。大きな仕事を終え、晴れ晴れとした気持ちで天を仰ぐときもある。恋人と別れ、死にたい気持ちに沈んでいるが、空はやはり青かった。そんな日もある。

いずれの「青空」も、違うんです。そもそも、ふだんは気にもとめていなかった空を見て、なにかを感じている時点で、いつもと違う気分、特別な心持ちでいるはずなんです。そうでなければ、わざわざ空の色に言及するはずもない。

自分にとって空がどう「青い」のか、よく観察してください。自分の頭で考え抜くんです。

「美しい『花』がある、『花』の美しさといふ様なものはない」とは、有名な批評家が書いた有名な言葉です。この言葉を、ごくかいつまんで「常套句を書くな」と言い換えても、大きな間違いではないでしょう。

わたしたちはつい、「美しい花」「美しい海」と、言ったり、書いたりしてしまいます。日常会話ではそれでいいのかもしれません。しかし、ライター志望者が「美しい海」「美しいメロディー」「美しい人」と書いているようでは、未来はありません。

一輪一輪で異なる、美しい個々の花は、たしかにあります。しかし、花一般の美しさというようなものは、ありません。みな、違う。だからこそ逆に、「美しい花」と書いてはいけないんです。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

IMF、経済成長予測を大幅に下方修正へ 世界的な景

ビジネス

午前の日経平均は続伸、個別物色広がる 買い戻し中心

ワールド

トランプ氏、米政府職員の採用凍結延長へ 7月まで

ワールド

ウクライナ中銀、金利据え置き 25年成長率予想を3
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判もなく中米の監禁センターに送られ、間違いとわかっても帰還は望めない
  • 3
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、アメリカ国内では批判が盛り上がらないのか?
  • 4
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 5
    紅茶をこよなく愛するイギリス人の僕がティーバッグ…
  • 6
    ノーベル賞作家のハン・ガン氏が3回読んだ美学者の…
  • 7
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 8
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 9
    関税を擁護していたくせに...トランプの太鼓持ち・米…
  • 10
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 6
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 7
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 8
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    「世界で最も嫌われている国」ランキングを発表...日…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中