最新記事

日本を置き去りにする 作らない製造業

日本の敗退後、中国式「作らない製造業」が世界を制する理由

2017年12月14日(木)16時45分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

スマホ6000万台を製造

もっとも、単に企業が多いだけでは活用は難しい。部品一つを取ってみても無数のサプライヤーがいれば、どの企業が信用できてどの企業が粗悪品を作っているのか、判断するのにも時間が必要だ。

「ガイドとしてエコシステム全体の要を担っているのがIDHだ」と、藤岡は言う。日本ではまだほとんど知られていないが、IDHに設計を依頼すると、どの部品をどこから購入するべきかまで事細かに指示してくれる。

このIDHを中心としたエコシステムはいつ頃から始まったのか。深圳でIDH企業の思路名揚を経営する楊濤(ヤン・タオ)会長によると、発端は2000年代前半の「山寨(シャンジャイ)携帯」だった。

山寨とは中国語で「山中のとりで」を意味する。当時の中国は政府の生産認可を受けた企業しか携帯電話を生産できない法律だった。しかし利益率の高さに目を付けた起業家が殺到。政府の管轄を受けない「山賊」たちによって携帯電話が続々と作られていった。

最盛期の11年には3000社の山寨携帯メーカーが乱立し、年間2億5500万台が生産された。中国のみならず、インド、ロシア、ブラジル、アフリカ諸国など途上国に輸出される一大産業へと成長。ただし、これらのメーカーはほとんどが設計能力を備えていなかった。中核部品である基板の設計を担ったのがIDHだ。

とはいえ初期の時点では、半導体メーカーである台湾のメディアテックや米クアルコムが提供するリファレンスデザイン(参照設計)と呼ばれる「設計図」を少し改造する程度で、能力の低いIDHも多かったと、楊は当時を振り返る。「上海、深圳には数百社ものIDHが乱立し、工場よりもIDHのほうが多いくらいだった。設計とは名ばかりで、ほとんど開発能力がなくても成り立ったからだ」

この山賊たちの宴は、スマホと4G通信規格という新しい技術トレンドによって終わりを迎える。半導体メーカーは実用に堪えるリファレンスデザインを提供できず、開発の際に飛躍的に高い技術力が必要になったためだ。こうして山寨携帯メーカーだけでなく、IDHも激減することになった。

淘汰の時代を生き残ったIDHはサプライチェーンの中で、大きな地位を占めるようになっていく。従来型の携帯電話と異なり、スマホでは部品が適合するかどうかのチェックがより重要だ。部品選定まで関与するようになり、発言権を増したIDHは、「エコシステム全体の要」となった。

【参考記事】日本の製造業がインダストリー4.0に期待するのは「危険な発想」

※「日本を置き去りにする 作らない製造業」特集号はこちらからお買い求めいただけます。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中