最新記事

リーダーシップ

女性エベレスト隊隊長に学ぶ、究極の準備(後編)

2015年10月5日(月)18時05分

 結局、午前一時のトレーニングは諦めざるを得ないと悟った。どのみち効果も挙がっていなかった。本格的な遠征のための体づくり(あるいは精神づくり)はジムでできるものじゃない。チームメイトはコロラド州やワシントン州のアウトドアでトレーニングしているはずで、私も自分自身のためにもチームメイトのためにも、可能なかぎり万全の体調で臨む責任があった。それを踏まえて、私はトレーニングのやり方をすっかり変えた。平日はゴールドマンでの仕事に専念し、夜はできるだけ睡眠を取るために、起床時間を午前五時三〇分にずらした。仕事が終わった後の夜の時間は資金集めに充てた。そのうえで週末は登山に備えた適切な訓練に励んだ。金曜日は一日じゅうオフィスで仕事をし、土曜日になるとサンフランシスコのアパートメントから車で五時間半から六時間半かけて、カリフォルニア州シスキュー郡のシャスタ山に向かった。

 シャスタ山は標高四三二二メートル、冬は雪で覆われる。駐車場から山頂までの道のりは約九・五キロメートル、標高差は二〇〇〇メートルを超える(九・五キロでは急激な上昇だ)。ルートのかなりの部分はピッケルとアイゼンが必要なほど険しい。山頂の風速は毎時一六〇キロメートルを超えることもある。全体として、本格的な遠征に向けた調整をするには最高の場所だ。シャスタ山に登るほうがジムでのトレーニングよりはるかに効果的なのは間違いなかった。

 屋内で何時間もステアマスターを使ったトレーニングをすれば、空調の効いたオフィスビルの長い階段を昇る場合などは大いに役立つが、八〇〇〇メートル峰を目指す場合は役に立たない。登山で成果を挙げたいなら、山で遭遇する状況をシミュレーションしておくことが大切だ。そのためには屋外で、背中に重い荷物をくくりつけ、ピッケルを握り締め、雪や強風や低温と戦いながら、それなりの山に登らなければならない。

 シャスタ山は私にとって理想的なトレーニング場所だった。車で夕方出発して午後一一時に到着、一一時三〇分ごろ登り始めて、駐車場と山頂を一気に往復する。所要時間は荷物の重さにもよるが、たいてい一〇時間から一二時間。おかげで体力が鍛えられたのはもちろんだが、シャスタ山に登ることで得るものは他にもあった。一晩じゅう一睡もせず、「ガス欠」覚悟で、アドレナリンとパワージェルひとつかふたつだけをエネルギー源にしながら頑張りぬいたおかげで、精神も鍛えられた。

 遠征では、一晩一睡もせずに山に登ることも珍しくない。眠れない理由はいろいろある。高山病とか、一晩中風が吹き荒れているとか、同じテントで寝ている仲間のいびきがものすごいとか。でもたいていは、登攀(とうはん)開始の予定時刻が午前二時(ひょっとするとそれ以前)だからだ。日の出よりずっと早い時間から登り始める。ルートが凍っているほうが安全なのだ。クレバスが口を開けたり、雪崩が起きたり、落ちてきた岩に直撃されて命を落としたりする危険性が少ない。寝過ごしては困るから、午後九時にテントで横になっても、なかなか寝付けず、何度も寝返りを打つはめになる。

 有能なリーダーになるには、睡眠がとれない状況にも慣れておくことが大切だ。環境は変わりやすいものだから、想定外の事態が待ち受けている場合もあるはずだ。締め切りが迫っている場合や、何か結果を出すと約束した場合は、徹夜してでも守る。一瞬たりとも気が抜けない危機的状況に陥る可能性も大いにある。眠れないことそのものよりも、眠れないストレスのほうが足を引っ張りがちだから、一晩じゅう一睡もしなくても翌日ちゃんとやれるようになれば素晴らしい。眠れるに越したことはないが、睡眠不足の「予行演習」をしておけば、実際に睡眠不足になっても、そのストレスで参ってしまう心配はない。ストレスと睡眠不足の両方か、それともただの睡眠不足か。選ぶのはあなただ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国、企業に緊急支援措置へ 米関税受け大統領代行が

ワールド

日本の働き掛け奏功せず、米が相互関税24% 安倍元

ワールド

ロシアが企業ビル爆撃、4人死亡 ゼレンスキー氏出身

ビジネス

米関税24%の衝撃、日本株一時1600円超安 市場
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台になった遺跡で、映画そっくりの「聖杯」が発掘される
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 7
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 8
    博士課程の奨学金受給者の約4割が留学生、問題は日…
  • 9
    アメリカで「最古の銃」発見...いったい誰が何のため…
  • 10
    トランプ政権でついに「内ゲバ」が始まる...シグナル…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 8
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 9
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中