最新記事

リーダーシップ

女性エベレスト隊隊長に学ぶ、究極の準備(後編)

2015年10月5日(月)18時05分

 疲れすぎで失敗するなんてことは絶対に避けたほうがいい。そんなのは言い訳にならない。頭の中で、まだまだ行けるという声がすれば、全身をアドレナリンが駆けめぐる。ただし、オフィスで午後四時から先期の財務状況についての会議が始まるのをじっと待っているときは、アドレナリンが分泌されない可能性もあるので、ときには一杯のコーヒーが必要かもしれない。昼寝をして英気を養う技を習得するのもお勧めだ。自分の車に行くなりオフィスのドアを閉めるなりして、二〇分眠る。テキサス脳脊髄研究所のジョナサン・フリードマン所長によれば、「昼寝は非常に短時間でも認知機能を大幅に向上させるという科学的証拠が出てきている」。以上。

 これを読んで、睡眠不足の練習をするなんてアメリカ○○アカデミーが白書や学会誌で健康を維持し成果を挙げる方法について言っていることと矛盾する、と指摘してくる人もいるだろう。わかっている――そこをどうこういうつもりはない。ただ私の場合に効果があった方法を伝えようとしているだけで、やるかどうかはお好きなように。私も睡眠不足が成果や判断力に影響するという科学的研究の多くに目を通して、睡眠不足が長引いた場合の認知能力への影響はアルコールの血中濃度が〇・一〇パーセントの場合(アメリカのどの州でも飲酒運転になる下限値)に匹敵する、という研究結果があるのは知っている。

 でも、エベレストで車を運転するわけではないし、この本も百歳まで生きる方法を紹介しているわけではない。この本のテーマは、チームの皆があなたを頼りにしているときにあなたは何をすべきかだ。リーダーであるあなたが疲労くらいでストレスを感じていたら、チームの皆もストレスを感じてしまうはず。私は何も、眠らないほうがいいと言っているわけじゃない。ただ、極端な状況で睡眠不足だから使いものにならないようでは困る、ということだ。だから眠れないまま山で(あるいはオフィスで)過酷な一日を迎えても、余計な心配はしなくていい。とにかくやり抜こう。その状態がいつまでも続くわけじゃない。一時的なものだ。

 シャスタ山では睡眠不足に慣れるだけでなく、カロリー不足に慣れるトレーニングもできた。水分もカロリーも十分に取れない状態で登山する訓練をした。一二時間の登山中あえて水分や食事を必要な量以下に制限し、水分もカロリーも不足した状態での登山を疑似体験した。もちろん本当に必要になったときのためにザックには水も食料もたっぷり詰め込んでいた。ただ、水や食料が底をつきかけた場合に自分の体と心がどう反応するかを知り、エベレストでそういう状況に陥っても動揺しないようにしておきたかった。

 現実にはほとんどの人が、登山中に何度も脱水やカロリー不足の状態を経験するはずだ。水やカロリーを取る必要があるのに取れない状況にたびたび陥るだろう。スナックバーをポケットから取り出してみたら、七時間も暖かいところに入れていたせいで、噛んだら間違いなく歯が抜ける状態になっていて、もう捨てるしかなく、結局何も食べないまま雪に覆われた山の斜面を下りていく......なんてときはもう最悪だ。水筒の水を飲もうとしたらガチガチに凍りついていて飲めなかった、という悲惨な目に遭うこともある(絶対に凍らないとアウトドア用品ショップの店員が請け合った断熱性ホルダーに入れておいたのに)。つらくても頑張り抜かなければならない状況の感覚をつかんで、登山中最も緊迫した過酷な時期にも登り続けられるようにしておく必要がある。

 そういう境地――持てる力を出し尽くして頑張り抜いたという境地――に達したら、次もやれるという自信が生まれ、不安に思わなくなる。高峰に登る場合、これ以上はもう一歩も進めないという気持ちに追い込まれる......。内心こんなふうに思うかもしれない。《うわーっ、もうだめーっ......これが限界かも。これ以上は進めない......》それでもあなたはもう一歩踏み出す......それからもう一歩。さらにもう一歩。自分で行けると思っていた地点を通過する。次にもう一歩も進めないと思ったとき、あなたは心の中でこう思う。《ああ、あのときと同じ――あのときももう限界だと思って、それでもやめなかった。あのときやれたんだから、今度だってやれる》あなたは一歩踏み出す。それから一歩、また一歩。どんなにつらくなっても、あなたは歯を食いしばって進み続ける。あなた独りのためではないから。まわりの皆のためだから。おわかりだろうか。あなたが必死でトレーニングするのは結局は皆のため。チームのためだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

米安保戦略、ロシアを「直接的な脅威」とせず クレム

ワールド

中国海軍、日本の主張は「事実と矛盾」 レーダー照射

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 8
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中