女性エベレスト隊隊長に学ぶ、究極の準備(前編)
強靭な意志だけでは不十分――と、ゴールドマン・サックス勤務後、七大陸最高峰に登頂した名登山家は説く
チームを率いて フォードも支援したアメリカ初の女性エベレスト遠征隊のメンバー(真ん中が隊長のアリソン・レヴァイン、2002年) Chip East- REUTERS
米デューク大学大学院でMBA取得後、ゴールドマン・サックスへ。激務の合間にエベレスト登頂の準備を進め、アメリカ初の女性エベレスト遠征隊隊長となった。その後も登山家としてキャリアを積み、七大陸最高峰登頂に成功したアリソン・レヴァインはこう問いかける。「あなたは正しいエゴを持っているか?」
登山とはまさにチームワークであり、登山隊という極限状態にあるチームには卓越したリーダーシップが不可欠だ。レヴァインは著書『エゴがチームを強くする――登山家に学ぶ究極の組織論』(小林由香利訳、CCCメディアハウス)で、登山家としての経験に裏打ちされた、エゴに基づくリーダーシップ論を展開している。
世界経済フォーラム総会(ダボス会議)で講演するなど、講師としても活躍するレヴァインは、「前進しているときは引き返せ」「弱点を克服しようとするな」「睡眠不足の練習をせよ」「成功は問題のもと」と説く。ここでは、本書の「第1章 準備はとことん――ときには痛みを」から一部を抜粋し、前後半に分けて掲載する。
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『エゴがチームを強くする
――登山家に学ぶ究極の組織論』
アリソン・レヴァイン 著
小林由香利 訳
CCCメディアハウス
準備は大切だ。ただし私の言う「準備」は、必ずしもボーイスカウトのモットーで言うような準備ではない。マッチを余分に持っていこう、と言っているわけじゃない。徹底的な準備をしよう、という意味だ。
一九七五年五月一六日、田部井淳子はエベレスト登頂に成功し、女性では初めて世界最高峰に立った。田部井は身長約一五〇センチ、当時は三五歳で、東京の自宅に三歳の娘を置いての挑戦だった。田部井の快挙がひときわ目を引くのは、その一二日前にチームメイト五人(全員が日本の女性登山隊のメンバー)と共にキャンプ2で雪崩に巻き込まれ、完全に生き埋めになっていたことだ。シェルパが六人がかりで救出した。奇跡的に全員が生還したが、心身共に打撃を受け傷ついていた。田部井自身、雪崩直後は立っていることもままならないほどの激痛に苦しんだ。それでも何かが彼女を山頂へ導いた。それは何だったのか。田部井は次のように語る。「体力とか技術が優れていたからできたのではない――意志こそ力だ――意志というのはお金で買うこともできないし、第三者がつくってあげるものでもない――自分自身の心の中から湧いてくる」
そのとおりだが、ひとこと付け加えたい。意志は山頂到達を後押しするだろうが、無事に下山するには技術と体力もあったほうがいい。皆忘れがちだが、山頂はあくまでも折り返し点だ。高峰での死亡事故の大部分は山頂にたどり着いた後に起きる。山頂に到着するためにエネルギーを使い果たし、下山するためのエネルギーが残っていないのだ。エベレストの頂上稜線を下るというのは苦難の連続だ――片側は三〇〇〇メートル、もう片側は二四〇〇メートルの断崖絶壁になっている。悪名高いヒラリー・ステップ(標高八七六〇メートル地点にある垂直に近い岩と氷でできた一二メートルの突起)を下り、八〇〇〇メートルのサウス・コルまで下山しなければならないので、それだけの酸素と体力を残しておいたほうがいい。さもないと死が待ち受けている。
現実は非情で、エベレスト登頂に絶対成功してみせると固く決意している人が、山頂で遭遇する現実への備えができていないせいで命を落とすケースも多い。実際、登頂したいと思うばかりで準備が伴わなければ、山で致命的な事態につながりがちだ。登頂には田部井の言うとおり強靱な意志が必要だが、それだけで十分ということはめったにない。究極の環境においては、適切な訓練と準備が成功率を大幅に引き上げる。
準備不足のせいで遠征が残念な結果に終わるのを、私はこれまでたびたび目にしてきた。山で、ビジネスで、あるいは人生で、大きく手ごわい難題に挑もうとする場合、成功するかもしれないし失敗するかもしれないというのは承知の上だ。それでも、失敗して、もっと準備しておきさえすれば違う結果になっていただろうに、などと後悔するはめにはなりたくないはず。周囲の状況が原因で諦めた場合も気落ちはするけれど、周囲の状況は自分ではどうしようもないから、自分自身や自分の能力についてくよくよ後悔したりはしない。けれども、自分の力不足で目標達成を諦めた場合は、自分を責めて厳しく問い詰める。《もっと時間をかけて訓練できたはずでは? もっとハードな訓練ができたのでは? もっといい訓練方法があったのでは? 一生懸命さが足りなかった? それとも集中力が足りなかった?》