マードック帝国を揺るがすハッキング疑惑
ニューズ紙を廃刊に追い込んだ電話盗聴疑惑もかわいく見える、犯罪組織並みの情報収集疑惑が明らかに
強欲の果て 傘下の新聞やテレビに他社を出し抜けと圧力をかけ続けたマードック Peter Macdiarmid/Getty Images
イギリスのメディアはここ数カ月、ロンドン南西部キングストンの刑事法院で繰り広げられている裁判に注目してきた。
この裁判で問われているのは、メディアが銀行の取引明細や病歴などの個人情報を違法に入手する慣行だ。多くの場合は、私立探偵が電話で本人に成り済ますなどして、こうした情報を入手しメディアに売る。英メディアにこうした慣行がはびこっていることは以前から知られていた。今回の裁判では4人が起訴されている。
先週、法的規制が解かれて被告の1人の実名を報道できることになった。その人物は私立探偵のフィリップ・キャンベル・スミスで、別件でも捜査対象となっている。メディア王ルパート・マードック傘下のタブロイド紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドに頼まれ、他人のコンピューターに侵入して個人情報を集めた疑いだ。
ニューズ紙は昨年夏、電話盗聴疑惑で大きな非難を浴び、既に廃刊になっている。反マードック派の一部は、今後さらにコンピューター侵入疑惑が噴き出せば、マードックが大打撃を受ける可能性があるとみている。議会で電話盗聴疑惑を追及してきたトム・ワトソン議員は、コンピューター侵入が事実なら、電話盗聴など「吹っ飛ぶほどの」大スキャンダルだと言う。
マードック傘下の複数のイギリスのタブロイド紙で、記者が他人のコンピューターに侵入していたとの疑惑はしばらく前から報じられてきた。
ニューズ紙には、女優のシエナ・ミラーや連続殺人犯の息子クリストファー・シップマンの電子メールを盗み見ていた疑いがかけられていた。権威あるタイムズ紙でさえスクープを取るために、ある若手記者が匿名ブロガーのメールアカウントに侵入していたという。
とはいえ、いま最も注目されているのは英諜報機関の元職員イアン・ハーストの申し立てだ。彼の証言によれば、探偵スミスはマードック傘下のタブロイド紙の依頼で、ハーストのコンピューターに侵入していたという。
ハーストは英陸軍のために、IRA(アイルランド共和軍)内部の情報提供者と接触していた。各種報道によると、スミスは06年にトロイの木馬ウイルスを使ってハーストのコンピューターに侵入。メールを盗んでニューズ紙のダブリン支局にファクスしていた疑いが持たれている。この件は、ロンドン警視庁が捜査中という。
メディア各社に情報提供
ファクスの存在を知って、ハーストはスミスと接触し、口を割らせてその会話を録音した。そのテープの中で、スミスは比較的簡単に侵入できたと認めている(「あんたにメールを送って、あんたがそれを開けたら、はい、おしまい。もうこっちのものだ」)。また、自分を雇ったのはニューズ紙の元編集者アレックス・マルンチャクだとも打ち明けている。マルンチャクはその後、06年にニューズ紙を去った(本人はスミスとの関係を否定している)。
ハーストによれば、その後ニューズ紙は同じ手口で、「ステークナイフ」のコードネームで知られる諜報部員に関する情報も入手したらしい。報道によれば、マルンチャクは私立探偵ジョナサン・リーズを介してスミスに依頼していた。リーズもニューズ紙絡みで問題になった人物で、彼が経営する調査会社は、ニューズ紙のライバル紙デイリー・ミラーとサンデー・ミラーにも情報を流していた。