最新記事

司法

IMFセックス疑惑、米横暴に仏激怒

推定無罪を重視するフランス人にとって、容疑者に手錠をかけてさらし者にするアメリカの司法は暴力的過ぎる

2011年5月18日(水)18時13分
モート・ローゼンブルム

さらし者 フランス人のストロスカーン逮捕を大きく報じるフランスのメディア Gonzalo Fuentes-Reuters

 フランスの次期大統領になるかもしれないと思っていた男が、押し寄せる報道陣の前で裁判所へと連れられていく――性的暴行容疑で連行されるIMF(国際通貨基金)のドミニク・ストロスカーン専務理事の姿を目にしたとき、フランス国民の感情は恥じ入る気持ちから一転、アメリカの司法に対する怒りへと変わった。

「あの様子は想像を絶するほど野蛮で暴力的で残酷だと感じた」と元フランス司法相のエリザベート・ギグーは記者団に語った。彼女のこの発言は、大方のフランス国民の気持ちを代弁している。

 ストロスカーンが罪を犯した可能性があることは、フランス人でも承知している。だがフランス革命のギロチン刑や民法典の基礎となったナポレオン法典の歴史を経験してきたフランスは、「推定無罪」の考え方を重視している。

 アメリカでは、検察官が容疑を調べて起訴し、被告は裁判で裁判官と陪審員によって裁きを受ける。対するフランスでは、まず予審判事による審問が行われ、嫌疑が十分であるかどうかが判断される。

「アメリカの司法制度の方がずっと暴力的なのは間違いない」と、フランスの元有名判事のエバ・ジョリーはフランスの左派系日刊紙リベラシオンで語った。ジョリーによれば、平等の概念においては「アメリカ人はIMF専務理事もそのほかのどんな容疑者も区別はしない」。

 それは確かに、理論上は立派なことだとフランス人の多くも考えている。それでも実際のところ、法廷に入る容疑者が有罪の確定した犯罪者のように見られる状況は納得できない。

連行の姿は「有罪の証拠」

 フランスのテレビ局TF1のニュースに映し出されたのは、がっしりした護衛2人に挟まれ、乱れた服装のままひげも剃らず、後ろ手に手錠をかけられたストロスカーンの姿だった。

「こうしたシーンはアメリカではごく当たり前です」と、レポーターはあきれ顔を見せてカメラに語った。「この非道なアメリカの司法制度にひとたび足を踏み入れると、たとえ無実であっても哀れな姿で出てくることになるのです」

 このニュースの後、TF1のウェブサイトには怒りのコメントが相次いだ。ある視聴者はこう書き込んでいる。「あの映像はショックだった。フランスだったら、アメリカ人があんな扱いを受けることは決してないだろう」

 米コロンビア大学法科大学院教授でフランスでも講義を行っているジェフリー・フェーガンは、容疑者の惨めな姿を人目にさらすのは昔からある手法だと話す。

「手錠をして連行する様子を見せることは、有罪のさらなる証拠になる」とフェーガンは言う。「典型的なアメリカ的手法だ。検察官は容疑者が犯罪者に見えるように演出し、世論のムードを無実から有罪へと動かそうとする。容疑者は逮捕の瞬間から尊厳を失う。それに対してフランスでは、尊厳は何を犠牲にしても最後まで守られる」

 アメリカにおける法の下の平等の考えは「願望のようなもの」で神話に過ぎないと、フェーガンは言う。ストロスカーンはフランス人で裕福な白人、性的暴行容疑の被害者はマイノリティーが50%を占める地区に住む黒人女性だ。「これは検察にとってまさに大金星。いともたやすい案件だ」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍のガザ派遣にコミットせず 「所有」

ワールド

トランプ氏「誰もが気に入る」、波紋広がる「中東のリ

ビジネス

ECB政策金利、いずれ2%に到達する必要=ポルトガ

ビジネス

米24年12月貿易赤字、984億ドルに拡大 輸入額
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国経済ピークアウト
特集:中国経済ピークアウト
2025年2月11日号(2/ 4発売)

AIやEVは輝き、バブル崩壊と需要減が影を落とす。中国「14億経済」の現在地と未来図を読む

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 2
    「体が1日中だるい...」原因は食事にあり? エネルギー不足を補う「ある食品」で賢い選択を
  • 3
    教職不人気で加速する「教員の学力低下」の深刻度
  • 4
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    マイクロプラスチックが「脳の血流」を長期間にわた…
  • 7
    【USAID】トランプ=マスクが援助を凍結した国々のリ…
  • 8
    「僕は飛行機を遅らせた...」離陸直前に翼の部品が外…
  • 9
    AIやEVが輝く一方で、バブルや不況の影が広がる.....…
  • 10
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」を予防するだけじゃない!?「リンゴ酢」のすごい健康効果
  • 4
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 5
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 6
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 7
    「靴下を履いて寝る」が実は正しい? 健康で快適な睡…
  • 8
    「体が1日中だるい...」原因は食事にあり? エネルギ…
  • 9
    老化を防ぐ「食事パターン」とは?...長寿の腸内細菌…
  • 10
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中