ありもしないインフレの亡霊を振り払え
相変わらずアメリカではインフレを懸念する声が根強いが、実際にデータを見てみても心配すべき兆候は見当たらない
インフレの兆候? 確かに金価格は上昇しているが、それはむしろ例外だ Issei Kato-Reuters
お願いだから、少しの間インフレの心配はやめてもらえないだろうか。ほんの数カ月でもいい。
08年の金融危機以降続いてきたFRB(米連邦準備理事会)の資金供給の拡大や事実上のゼロ金利政策、そしてアメリカ政府の大規模な景気刺激策(と赤字財政)は、ある深刻な懸念を招いてきた。これらの政策は経済の鉄則により、通貨の下落や政府の長期借り入れコストの増大、そしてインフレを引き起こすのではないかという懸念だ。
だが実際は金相場という例外を除くほぼ全ての指標で、インフレ率やインフレ期待は08年秋からほとんど上昇していない。アメリカ経済が再び成長に転じた後もその傾向は変わらない。データはむしろ、デフレの方向を指し示している。少なくともインフレ的なところはどこにもない。
米労働統計局が先週発表した統計によると、今年4月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比マイナス0.1%。過去12カ月間の上昇率も2.2%でしかない。価格変動が激しい食料品やエネルギーを除外したコアCPIの数値は、さらに心強い。この1年間の上昇率はわずか0.9%で、1966年1月以来最低の上昇率にとどまっている(詳しくはポール・クルーグマンの5月19日のブログに載っているグラフを参照)。
インフレを後押しする力は間違いなく働いている。金価格の上昇や商品価格の回復(ダウ・ジョーンズとUBSによる商品物価指数の長期指標のチャートを見てほしい)、中国など新興市場の急成長、そして世界的な財政・金融の緩和政策などだ。
物価上昇を打ち消す力も強い
だが金融危機後の経済環境では、インフレを打ち消す力もまた働いている。とくに、アメリカとユーロ圏という世界の2大経済でその傾向が強い。
アメリカは成長力を再発見しつつあるが、経済にはまだまだ緩いところが残っている。設備稼働率や失業率を見ただけでも、それは歴然としている。そんなアメリカで、値上がりが見込まれる商品を見つけるのは難しい。住宅価格の下落は止まったかもしれないが、上昇に転じる気配はない。原油価格もここ数週間、下落を続けている。
市場も、インフレが金利の上昇やドルの下落を招く可能性は少ないと見ているようだ。それぞれの通貨の貿易取引量を加味した実効為替レートは、ドルは08年から急上昇し、最近もまた回復傾向にある。
インフレ期待が高くないことは、価格がインフレ率に連動するインフレ連動国債TIPSの利回りが低いことからも分かる。現在のTIPS10年物の利回りはわずか3.2%。過去5年間の10年物の利回りチャートを見ても、インフレ的とはとても言えないようだ。
もちろん世界を危機が襲ったときは常に、投資家はドルや国債を買いに走るもので、結果としてアメリカの金利は下がる。直近の危機であるヨーロッパの問題も、アメリカのインフレを抑制する要因となった。
ヨーロッパはデフレに突入か
世界で危機があるたび投資家がドルと米国債に殺到するのはご存じの通り。これも金利を低く抑える要因だ。最近の欧州経済の危機は、さらなるデフレ圧力になる。アメリカ経済とほぼ同じ規模をもつユーロ圏経済は今、危機への対応に追われている。欧州中央銀行(ECB)は08〜09年のFRBと同じく金融を緩和している。だが財政政策はアメリカとまったく逆だ。欧州各国の政府は、減税や財政出動ではなく財政を引き締めようとしている。ドイツ、スペイン、ギリシャ、ポルトガルは政府支出を削減し、増税を行っている。