最新記事

インターネット

グーグルが「ビッグブラザー」になる日

プライバシーの価値を曖昧にする無料サービスの怖さ

2010年3月29日(月)14時20分
ダニエル・ライオンズ(テクノロジー担当)

『1984年』のツール? スタート直後につまづいたグーグルバズだが(写真はグーグルの共同創業者セルゲイ・ブリン) Robert Galbraith-Reuters

 グーグルが無償で提供する電子メールサービス「Gメール」に、新たにソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が加えられた。「バズ」と呼ばれるサービスだが、スタート直後につまずいた。プライバシーの侵害だという声があちこちで上がったからだ。

 最初のバージョンでは、あなたが頻繁にメールを交換している相手のリストを誰でものぞき見できるようになっていた。これだと、不倫の相手を妻に突き止められる恐れもある。

 抗議を受けてグーグルは直ちにソフトを修正し、公式に謝罪した。しかし、ユーザーに嫌われるとは思ってもいなかったそうだ。要するにグーグルの経営陣も技術者も、見事にユーザーの気持ちを読み違えていたことになる。

 同じことがフェースブックにもいえる。昨年12月、フェースブックは個人情報の設定方法を刷新した。広報担当者によれば、ネット上で公開する個人情報の範囲を細かく設定し、ユーザーが選びやすいようにしたのだという。

 だが、本当は会員にもっと詳細な個人情報を公開するよう仕向ける策略だったのではないか。何しろ初期設定では、本人の写真や住む町、性別、家族や人脈などの情報をネット上の誰でも見られるようになっていた。

 確かに自分で設定を変えることはできるが、どうにも薄気味悪い。フェースブックの広報担当によれば、このオープンな設定は「プライバシーに対する社会規範の変化」を反映しているそうだ。立ち上げから5年、彼らは「多くの情報を多くの人とシェアすることに、みんなが一段と前向きになってきたことに気付いた」という。

 だが今回の変更に関しては、10の消費者団体が米連邦取引委員会に苦情を申し立てている。

 むろん、世代の違いはあるだろう。私ぐらいの年(もうすぐ50だ)の人間は、個人情報をさらすよりはしかるべき料金を払ったほうがいいと思う。しかし、そんな余裕もなければ守るべきプライバシーもない若者たちは、グーグルやフェースブックの持ち掛ける取引に喜んで応じる。

 私たちのプライバシーは、今や一種の通貨と化した。それを使って、私たちはオンラインサービスの料金を払う。グーグルはGメールの使用料を取らない。その代わり電子メールを読み、そこに含まれるキーワードを分析し、興味を持ちそうな広告を送り付けてくる。

狙い定めた広告の標的に

 彼らが本当に欲しいのは、あなたの友人リストだ。商売人たちは、あなただけでなく、あなたの友人たちにも広告を送り付ける。

 あなたが特定の映画や音楽、あるいはマウンテンバイクを好きならば、あなたの友人も好きである可能性が高い。同じ製品やサービスに興味を示す確率が高い。もちろん、あなたと同じものを友人たちが買う保証はない。だがこうしたデータは、企業が広告のターゲットを絞る上で役立つ。テレビでCMを流したり、ネット中に広告をばらまくより、そのほうがずっと効率的だ。

 グーグルやフェースブックといった企業がすごいのは、とにかく便利で楽しいサービスを考え出し、それを使うためなら若干のプライバシーを放棄してもいいと思わせる仕組みを築き上げた点だ。そして今、彼らはユーザーにもっと多くのプライバシーを放棄させようとしている。これは実質的な料金値上げに等しい。

 こうした企業は、われわれの情報を少しずつ奪い続ける。そもそものビジネスモデルが、個人のプライバシーを「貨幣化する」という考えに基づいている。

 彼らが成功するためには、プライバシーの概念を徐々に変え、プライバシーなど安いものだと思わせる必要があった。一方で、ユーザーの信頼を確保する必要もあった。だから新たにプライバシーを奪い取るときには、必ず「当社はプライバシーを大事にしています」という文言を付けてくる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中