最新記事

MBA

ビジネススクール犯人説の嘘

社会に貢献する経営者の育成が課題なのは確かだが、金融危機のたびに噴き出す批判の多くは的外れ

2010年3月1日(月)12時34分
バレット・シェリダン、アダム・クシュナー

 それはエリート金融マンにとって事実上の必需品だ。クリストファー・コックス前米証券取引委員会(SEC)委員長もメリルリンチのスタンリー・オニール元CEO(最高経営責任者)も、ゴールドマン・サックスからブッシュ政権の財務長官に転じたヘンリー・ポールソンも持っていた。

 08年秋に始まった金融危機の主役クラスの面々ばかりだが、彼らに共通するのは、いずれも栄えあるハーバード大学経営大学院のMBA(経営学修士号)を取得していること。ならば彼らを育てた象牙の塔こそ諸悪の根源かと考える人がたくさんいるのも当然と言えよう。

 その代表格がビジネスウィーク誌のコラムニスト、パブロ・トリアナだ。トリアナによれば、今度の金融危機の元凶は「50年前から変わらないビジネススクール」で時代遅れの訓練を受けてきた「ひと握りの金融機関の少数の男たち」。まるで、悪いのはビジネススクール(経営大学院)だと言わんばかりだ。

 こうした批判には一見説得力がある。だがよく考えてみれば、それは相互関係と因果関係をごちゃ混ぜにしている。MBA課程に欠陥があるのは事実だが、それを直ちに今回の金融危機と結び付けることはできない。

 確かに多くの「戦犯」はMBA取得者だ。だがMBAを持っていなくても、今回の危機で重要な役回りを果たした人は大勢いる。

 反MBA派の主張はこうだ。ビジネススクールの学生は、データと金融モデルを過信しがちだ。また専門分野が細分化し過ぎて、学生はシステム全般のリスクに気付かない。そして倫理は二の次にされる。だから目先のことしか考えない欲得ずくのビジネスエリートが生まれて、金融システムがぶち壊された──。

 こうした批判の根底には、より基本的なビジネススクールの欠陥がある。07年の著書でMBAの歴史を論じたハーバード経営大学院のラケシュ・クラーナ教授は、現在のビジネススクールは本来の目的から外れてしまったと指摘する。

統計と分析モデルを過信

 MBAが誕生したのは20世紀初頭のこと。当時、アメリカでは巨大企業が社会の新しい勢力として台頭しつつあり、政府はスタンダード石油やUSスチールといった独占的企業が、市場と顧客を食い物にして荒稼ぎするのを防ごうと躍起だった。そうしたなかで生まれたのが、短期の利益を追わず、社会のために尽くす経営のプロを育てる専門課程の構想だ。

 ところが第二次大戦後、フォード財団が1億7500万ドルを投じてMBAの近代化に乗り出し、現在のものに近いカリキュラムを作り上げた。ちょうどミルトン・フリードマンとシカゴ学派が徹底的な自由主義と市場主義を唱え、ビジネスの世界を支配しようとしていた頃だ。

 シカゴ学派の経済学者たちは、市場は効率的かつ自律的であるから、経営者は株主利益の最大化だけを考えていればいいと主張した。そしてこのイデオロギーは、新しい経営学修士課程のカリキュラムに広く浸透していった。

 反MBA派から見れば、これが最近の危機を引き起こした原因だ。だが、その批判は往々にして裏付けを欠く。例えばMBAは統計モデルに頼り過ぎているという批判。確かに、ある程度は当たっている。

 だが多くの学者やジャーナリスト、銀行家も、人間は高度な分析手法で金融リスクをほぼ完全に制御できるようになったという考えを黙認し、大いに宣伝してきた。彼らよりもビジネススクールの責任のほうが重いとは、簡単には言えないはずだ。

 そもそも、今回の危機の発端となったサブプライムローン(信用度の低い個人向け住宅ローン)を最高の格付けの債券に作り替える「魔術」を編み出したのは、ビジネススクールとは無縁の保険数理士だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中