打倒グーグル!「アルファ」の野望
天才物理学者が開発した質問回答型の検索エンジン「ウルフラム・アルファ」はここがすごい
大それた夢を思い描く人間がひしめくのがシリコンバレー。ネット検索市場の約64%を握る王者グーグルを倒してみせると大志を抱く人たちも多い。
しかし、マイクロソフトに始まり、08年の夏にサービスを開始した「クール」のような新興勢力に至るまで、挑戦者たちはグーグル帝国の力が及ばない辺境地帯で、お互いの間で領土争いをしているにすぎないのが実情だった。
そこに、スティーブン・ウルフラム(49)という男が満を持して殴り込みを掛けた。新しい検索エンジンを近々公開すると3月上旬にウルフラムがブログに書き込むと、世界のITウオッチャーが色めき立った。ついに、ポスト・グーグル時代がやって来るのか、と。
ウルフラムによれば、5月18日に正式公開された新検索サービス「ウルフラム・アルファ」(www.wolframalpha.com)は、ネット上に既に掲載されている情報を見つけ出すだけではない。質問を投げ掛けると、化学や気象学、歴史学、天文学などさまざまな分野の膨大な量のデータや数式を活用して、「答え」をズバリ教えてくれる(現在は英語版のみ)。
画期的なのは、まだネット上で質問・回答されたことのない問いにも答えられることだ。「01年9月11日に歌手のブリトニー・スピアーズは何歳だった?」という問いを入力する。これがネット上で初めて問われる質問だとしても、ウルフラム・アルファは正解を割り出せる(答えは、19歳と9カ月と9日)。
おばあちゃんの手作りクッキーを食べて太らないか心配? クッキーの原料をすべて入力して、質問すればいい。すぐにカロリーを計算してくれる。
真の実力が分かるのはまだ先だが、この新サービスがネット検索の世界を様変わりさせると考えている人もいる。「映画『2001年宇宙の旅』のHAL9000みたいなコンピューター」の開発に一歩近づいたと、人工知能の開発に取り組むサイコープ社の創業者ダグ・レナトは言う。「しかもこのコンピューターはHALと違って、人間に対して反乱を起こそうとはしないだろう」
超理系エンジンの弱点
それに比べて、従来のグーグル検索は「犬に命令して玄関に新聞を取りに行かせるようなもの」にすぎないと、レナトは言う。
ウルフラムに言わせれば、ウルフラム・アルファは単なる検索エンジンではなく、「計算知識エンジン」だ。これまでの検索エンジンとは異なり、かなり複雑な問いにも対応できる。
例えば、「国際宇宙ステーション(ISS)の現在の地球周回軌道上の位置は?」という問い。この正解を割り出すには「複数の微分方程式を解かなくてはならない」と、ウルフラムは言う。それでも、グーグル検索と同等のスピードで答えを表示する。
ただし現状では、得意分野に偏りがあることも事実。20歳でカリフォルニア工科大学で理論物理学の博士号を取得したウルフラムが生みの親だけあって科学分野には強みを発揮するが、科学や数字に関係のない問いにはお手上げの場合がある。
この2週間、私はこの新エンジンを試用してみたが、最も頻繁に表示されたメッセージは「あなたの質問にどう対処すべきか判断できません」だった。ローカルな情報には弱く、アメリカのメーン州のロブスター祭りの開催日は教えてくれないし、書籍や映画の粗筋も答えてくれない。
弱点があることは、ウルフラム自身も認めている。能力は急速に向上していると主張する半面、「計算可能な体系的な知識」にしか対応できないことは今後も変わらないと述べている。
しかし一般公開の前から、ウルフラム・アルファへの期待感は高まっていた。「コンピューターとウェブの利用の仕方が根底から変わる」とウルフラム自身がぶち上げていたのもその1つの理由だ。実際、ウルフラムは今までも革命を起こしてきた。
1988年には、数式処理ソフトの「マセマティカ」を発表した。複雑な計算を手軽に行えるこのソフトはたちまち人気が広がり、今やユーザーの数は200万人。ウルフラムの会社ウルフラム・リサーチの年間売上高は推定2200万ドルに達する。