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ジョブズ、天才の素顔
暗黒のエネルギーも含め
彼を伝説たらしめたもの
偽ジョブズが語る本当のジョブズ
5年前に1人の記者が軽い冗談で始めたブログ「偽スティーブ・ジョブズの秘密の日記」は月間アクセス数150万の超人気サイトに。ジョブズ亡き今、筆者が振り返る「風刺の真実」
すべてはただのジョークから始まった。ニューズウィークに入社する前、僕はフォーブス誌の記者で、俗にビッグ・アイアンと呼ばれるIBMなどの企業、つまり法人向けにコンピューターや周辺機器を売る大企業を取材していた。「退屈」と言ったら「退屈」という言葉に失礼なくらい退屈な仕事だった。
06年当時、ソーシャルメディアの論客たちは企業経営者もブログを書くべきだと盛んに主張していた。実際にブログを始めた経営者もいたが、彼らのブログは読めたものではなかった。
あるとき仕事で退屈した僕は、経営者ブログのパロディーをやろうと思い付いた。試しに数社の経営者のブログを書いてみて、スティーブ・ジョブズが断然面白いという結論に達した。
早速グーグルのブロガーを利用してブログを開設。ジョブズになったつもりで、ふざけた文章をアップした。こうして生まれたのが、思い切りクレイジーなブログ「スティーブ・ジョブズの秘密の日記」だ。
「偽スティーブ・ジョブズ」というペンネームで書いたこのブログには、最も多い時期には月150万件のアクセスがあった。スタッフもいなければ、特に宣伝もしなかったことを考えれば、驚異的な数字だ。
口コミだけでどんどん評判が広がった。僕自身の力は微々たるもので、もっぱらジョブズ人気の威力だった。ブログが話題になって大金を稼げたわけではないが、僕の人生が変わったことは確かだ。
僕の書き込みはそれなりに受けたらしく、開設から数週間足らずで読者は約1000人になり、コメントをくれる人もいた。何よりうれしかったのは、訪問者の大半がこのブログを気に入ってくれたことだ。
最初は数週間でやめるつもりでいたが、これがどう化けるかと思うと、やめられなかった。せっかくなら説得力のあるものを書こうと、ジョブズについて書かれた本を何冊も読んで研究した。それが大きな転換点になった。知れば知るほど、彼が信じ難く複雑な人間だと分かってきたからだ。
生後間もなく養子に出されたこと。里親家庭が裕福ではなかったこと。若いときにヒッピー暮らしをし、悟りを求めてインドに旅して信心深い仏教徒になったこと。そんな男が実業家として巨万の富を手にし、その製品が世界を変えた......。これはすごい宝物に出くわしたぞ、と僕の中のフィクションライターは直感した。偉大なキャラクターという宝物だ。
近頃は多くの記事がジョブズを聖人に仕立てたがっているが、彼は聖人なんかじゃない。周囲の人間に対して、驚くほど気難しい態度を見せることもあった。私生活でも仕事上でも、愚かな過ちを犯してもいる。
ジョブズの中には、すさまじい悪魔的な怪物がいた。彼は善でもあれば悪でもあり、光と影、陰と陽を併せ持つ。これら2つの側面が、彼の中で表裏一体を成していた。
彼の中の暗黒のエネルギーが輝かしい才能を生み出したのは疑う余地がない。暗い情熱がなければ、彼はただのコンピューター会社の経営者になっていただろう。ジョブズはただの実業家ではない。彼自身、自分をアーティストだと思っていた。しかも、文化そのものをキャンバスとするアーティストだ。
偉大な天才の常として、彼にも内なる戦いはあった。自分の秘める暗いエネルギーに負けず、そのパワーを巧みに使いこなす戦い。言うまでもなく、ジョブズはこの戦いに勝った。