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大統領はやっぱりルラの七光りで

ルラ後のブラジル

新大統領で成長は第2ステージへ
BRICsの異端児の実力は

2010.09.28

ニューストピックス

大統領はやっぱりルラの七光りで

人気大統領のお墨付きでルセフ前官房長官が当選に王手

2010年9月28日(火)12時00分
ソラナ・パイン(リオデジャネイロ)

頼れる後見人 ルラ(右)の支援を受けるルセフ候補(9月6日) Ricardo Moraes-Reuters

 10月3日に行われるブラジル大統領選は85年にこの国で文民政権が復活して以来初めて、ルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ現大統領が出馬しない選挙になる。だが終盤に差しかかった選挙戦を見ても、とてもそうとは思えない。

 ビラにあるのはルラと肩を組んだ候補者の写真。宣伝用音楽を流しながら通りを走るフォルクスワーゲンのバンも、ほほ笑むルラの写真が車体の両側に貼られている。最大野党・ブラジル社会民主党のジョゼ・セラ前サンパウロ州知事ですら、国内一の人気政治家ルラと自身の関係をアピールするテレビCMを流していた。

 ルラの業績の恩恵を一番受けているのが、彼が後継者に抜擢した与党・労働党のディルマ・ルセフだ。半年前の世論調査でセラに10ポイント差をつけられていたが、9月14日の調査では51%の支持率を得てセラを24ポイント引き離した。労働党議員の汚職疑惑があっても、勢いが衰える様子はない。「ルラのおかげだ。ルラは今回の大統領選に非常に力を入れている。自分の妻を推薦していたら、彼女が当選していただろう」と米ジョンズ・ホプキンズ大学の中南米専門家リアダン・ローエットは言う。

 ルラ政権でエネルギー相と官房長官を務めた62歳のルセフは、好戦的だが実務能力の高い役人という評判だ。ただしルラのようなカリスマ性はなく、公職に立候補したのも今回が初めてだ。

 「最初は無謀とみられていた」と、ブラジリア大学のデービッド・フライシャー教授(政治学)は言う。「だがルラは世論調査を見て動いた。調査では国民の圧倒的多数が、ルラが推す候補に投票すると答えていた。人々はその候補がルセフだとは分かっていなかったが」

高い経済成長率が与党に追い風

 公示日のずっと前から、ルラは公務の際にルセフを伴って人々の前に現れ、予算数十億ドルのインフラ整備計画など注目度の高い仕事を彼女に任せた。これは行き過ぎだとの声が上がり、公示前にルセフの推薦運動をしたとして、ルラは選挙管理当局に何度か罰金を科されている。

 ここ数年、多くのブラジル国民は暮らし向きの向上を実感してきた。この事実は間違いなく、与党の支持率アップにつながっている。

 今年のブラジルの経済成長率は推定7%。活況な経済はブラジルが、BRICsのロシア、インド、中国と共に台頭する超大国というイメージを取り戻すのにひと役買っている。さらにルラ大統領の下、14年のサッカー・ワールドカップ(W杯)と16年の夏季五輪の招致に成功した。こうした国際的な評価の高まりと歩調を合わせるように、国内でもさまざまな進歩がみられる。

 好景気と、世界一の支給額を誇る貧困層向け補助金制度「ボルサ・ファミリア」といった社会福祉政策のおかげで所得格差は縮小し、数百万人が貧困を脱しつつある。ボルサ・ファミリアはカルドゾ前政権で試験的に始まった支援策だが、これを拡充し成功させたのはルラの功績と言っていい。

 リオデジャネイロの路上で物売りをするダニア・フェレイラ(50)は2人の子持ち。ボルサ・ファミリアがなければ食べ物も薬も買えないと話す。もちろん大統領選びは単純な論理で「ルラが推しているからルセフに投票する」。


「ルラに投票する」と答える有権者

 ルセフが勝てばブラジル初の女性大統領になるが、就任後は多くの課題に直面するだろう。W杯と五輪関連施設の建設工事の遅れを取り戻し、税金や年金の改革など積年の問題に対処しなければならない。ロシアやクウェートの埋蔵量に匹敵するとされる深海の油田開発計画も指揮することになる。

 ルラはブラジルを世界の大国と同じテーブルに着かせることに成功したかもしれない。このまま同じ席に座り続けることができるかどうかはルセフ次第だと、専門家は指摘する。「ルセフが政策面で重大なミスを犯せば、新興大国というブラジルのイメージもがた落ちする」と、ローエットは言う。「ブラジルを治めていくのは簡単なことではない」

 だがリオデジャネイロの路上で軽食を販売しているモイゼス・ファータド・デ・モライス(70)は、そうした問題は気にならないと話す。「ルラが認め、ルラの党にいる」ルセフを支持するだけだ。

 実際、彼と選挙の話を始めてしばらくはルセフの名前はまったく出てこなかった。誰に1票入れるのかを尋ねると、モライスはこう答えた。「ルラだよ」

GlobalPost.com特約)

[2010年9月29日号掲載]

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