最新記事

南ア黒人の夢と現実

南ア、虹色の未来へ

アパルトヘイト撤廃から16年
驚異の成長、多人種社会の光と闇

2010.06.11

ニューストピックス

南ア黒人の夢と現実

人種隔離の時代も終わり中流層が台頭しはじめた。だが黒人エリートたちは新たな問題に苦悩している

2010年6月11日(金)12時05分
ジョセフ・コントレラス(前ヨハネスブルク支局長)

体制に反抗するのではなく、参加する--─それが、いま南アフリカで台頭しつつある黒人中流層の合言葉だ。ただし、自由をめざす闘いが終わったわけではない。

 1994年4月の全人種選挙で、黒人の悲願だった参政権は実現した。だが、経済の主導権は依然として白人の手に握られたままだ。黒人と白人の著しい生活水準の差が縮まないかぎり、多人種共存の民主国家というマンデラ大統領のビジョンは説得力を失う。

 経済の常識から考えても、黒人の能力を活用しない手はない。アパルトヘイト(人種隔離政策)の弊害の一つに「非効率」があった。
悪化する貧困や失業問題を解決するには、経済を立て直すしかない。そのためには、消費意欲の旺盛な幅広い中流層の存在が不可欠だ。

 新生南アの発足から二年余り。以前はほとんど無に等しかった黒人中流層が、今や1200万人に達する南ア黒人の労働力人口の8%を占めているとみられている。

 中流層に仲間入りし、車やプール付きの家などを手に入れた黒人たちは、経済的には何不自由のない生活を送っている。だが、そこにはジレンマも付きまとう。

 みずからのルーツであるタウンシップ(黒人居住区)の文化を捨てることへの後ろめたさ。子供たちが部族の言葉を知らずに、英語だけしか話せなくなることへの不安。さらには、白人に囲まれた環境で日々直面する差別......。

「能力もないくせに、差別撤廃措置のおかげで出世した成り上がり者め」といった目で見られることもよくある。黒人中流層は「誰からも白い目で見られる」と言うのは、ラジオのトーク番組の司会者ダン・モヤネだ。

 彼をはじめとする新中流層の黒人たちの生きざまを紹介しよう。

「黒人なまり」が問題に

 36歳のモヤネは、ヨハネスブルクのラジオ局702の名物司会者。彼の顔は、高速道路わきの大きな看板や地元の新聞サタデースターの紙面で、市民にもおなじみだ(モヤネは昨年から、白人の司会者に代わって、同紙にコラムを執筆している)。

 家族はモザンビーク出身の妻オデテと3人の子供たち。ヨハネスブルク郊外の住宅地に立つ彼らの家はプール付きで、車が3台入る車庫がある。

 91年4月、モヤネはモザンビークでの亡命生活に終止符を打ち、12年ぶりに故国の土を踏んだ。モザンビークの国営ラジオ局にいた経験を買われ、帰国後まもなく、黒人ジャーナリストとしては初めて702に採用された。
 
 だが、張り切って仕事をしたのもつかの間。すぐに番組から降ろされ、その後一年近く裏方仕事に甘んじなければならなかった。タウンシップのなまりをむき出しにした彼の口調は、多くの白人聴取者には耳障りだったのだ。

 白人の話し方をまねる気はないし、かといって聴取者に語りかけられないのなら、局を辞めたほうがましだ......。マイクの前に復帰するまで、モヤネは何ヶ月も悩み抜いた。

 人気者になった今でも、アパレルへイト時代の階層意識の根強さを痛感させられることはしばしばだ。たとえば、ゴミの収集に来た黒人がクリスマスのチップをもらおうと、モヤネの家の呼び鈴を鳴らしたときのこと。彼がドアを開けると、「白人のだんなに用があるんだがね」と言う。「だんなは留守だ」と答えると、その黒人はチップをあきらめて帰って行った。

「今でもほとんどの人は、黒人が郊外の住宅地に住んでいるなんて夢にも思わないんだ」と、モヤネは語る。こうした固定観念は、白人だけでなく、黒人の間にもしっかり根を張っているようだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中