最新記事

オバマにすがるイギリスの片思い

編集者が選ぶ2009ベスト記事

ブッシュ隠居生活ルポから
タリバン独白まで超厳選

2009.12.15

ニューストピックス

オバマにすがるイギリスの片思い

「記事中で『イギリス』と書かれている箇所を『日本』に替えてもそのまま読めます。イギリスやドイツなど、外国も日本と同じ問題をかかえていることが実感できる、示唆に富む記事です」(本誌・横田孝)

2009年12月15日(火)12時00分
ストライカー・マグワイヤー(ロンドン支局長)

アメリカとの同盟関係への幻想は捨てて、今こそ自信を取り戻せ

 冷戦が終結して以来、イギリス政府はホワイトハウスの主が代わるたびに問い続けてきた。今度の大統領との「特別な関係」はどれほど特別になるのだろうかと。

 だから、バラク・オバマ大統領が就任直後の1月23日にゴードン・ブラウン首相に電話をかけてきたニュースは英紙の一面を飾った。もっともオバマは、カナダのスティーブン・ハーパー首相やサウジアラビアのアブドラ国王にも同日に電話をしたし、パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長やイスラエルのエフド・オルメルト首相と言葉を交わしたのはそれよりも前だ。

 だがブラウンがショックを受けたのは、オバマが就任後最初に会った外国要人が宿命のライバル、トニー・ブレア前英首相だったことだ。会談を報じるデイリー・テレグラフ紙のツーショット写真にはこんな注意書きが添えられていた----ブラウン首相はご覧にならないでください。

 イギリスにとって重要なのは、アメリカとの関係が相思相愛かどうかだ。イギリスにとって「特別な相手」でも、アメリカにはそのような概念はない。アメリカではヒスパニック系の人口の割合が年々増え、アジアとの経済的結びつきも強まる一方。長期にわたる同盟の相手は転換するか、少なくとも広がらざるをえない。

 米国債の大量保有国である日本と中国、原油の輸入先であるサウジアラビア、多くの移民の故郷メキシコなど、アメリカが多くの国と特別な二国間関係を結ぶのは当然ともいえる。ヒラリー・クリントン国務長官の就任後初の外遊先が、ヨーロッパではなくアジアであることも偶然ではない。

オバマ自伝に関係悪化の火ダネ?

 こうした現実はイギリスの「アイデンティティーの危機」の傷口を広げた。20世紀の間に大国としての地位が低迷した結果として、かつてブレアが「帝国後の沈滞」と表現したものだ。ブレアはアメリカとの関係を前向きにとらえていた。両国の経済関係を利用し、イギリス経済の強化や金融の中心地としての地位の確保ができるというわけだ。また国際舞台で米政府と連携することで実力以上の力を発揮できる。

 コソボ紛争や9.11テロではブレアのこの戦術が功を奏したようだ。だが、イラク問題でジョージ・W・ブッシュ前大統領と組んだことは裏目に出た。ブレアはブッシュの言いなりになる「プードル」だと皮肉られ、イギリス国民は不平等な関係にうんざりした。

 イギリスの絶望は続き、中東欧の10カ国がEU(欧州連合)に加盟した04年から2年間で、60万人を超える史上最大規模の移民流入に直面。05年7月にはロンドンのバスや地下鉄がテロ攻撃にあい、犯人の一部はイギリスで生まれ育っていたことが明らかになった。そして現在、完全に打ちのめされたイギリスに金融危機が追い打ちをかけている。

 アメリカとの蜜月もいつかは終わるのではないかと、イギリスはますます不安に駆られている。オバマの自伝『マイ・ドリーム』に、父方の祖父がイギリスの保護領だったケニアで英兵に殴られたとの記述があったことさえ、関係悪化への懸念を生んでいる。ブラウンは英米関係の緊密さをアピールしてこの重苦しいムードを吹き飛ばそうと躍起だ。「英米関係はきわめて良好で、誰もわれわれを引き離すことはできない」と、先日ブラウンは語った。

依存せずに独自の道を進むとき

 ブラウンは金融を安定化して経済の成長を促進し、さらには世界をこの災難から救おうとオバマに協力を呼びかけている。「2人の人間が手を取り合うことでしか解決できない課題が、今ほど多い時はない」と、ブラウンは言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

仏当局、ディープシークに質問へ プライバシー保護巡

ビジネス

ECB総裁、チェコ中銀の「外貨準備にビットコイン」

ビジネス

米マスターカード、第4四半期利益が予想上回る 年末

ワールド

米首都近郊の旅客機と軍ヘリの空中衝突、空域運用の課
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 10
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 3
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 4
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 5
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 10
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 7
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 8
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中