最新記事

ベアー・スターンズ実質破綻

金融危機クロニクル

リーマンショックから1年、
崩壊の軌跡と真因を検証する

2009.09.10

ニューストピックス

ベアー・スターンズ実質破綻

米投資銀5位のベアーがものの数日で突然死。息の根を止めたのは、ウォール街に取りついた疑心暗鬼だ。

2009年9月10日(木)12時10分
ダニエル・グロス

 週明けの3月17日の朝、マンハッタンのミッドタウンにある投資銀行ベアー・スターンズ本社のエントランスの内側に、2ドル札が数枚、テープで張り出された。特筆すべきは、前の週まで1株60ドルで取引されていたベアーの株をJPモルガン・チェースがたったの2ドルで買収したことだろうか。それとも、株価暴落で多くの社員が突然貧乏になってしまったベアーで、2ドル札が盗まれもせず数分以上そこに残っていたことだろうか。

 サブプライムローン(信用度の低い個人向け住宅融資)で損失をこうむったのはベアーだけでない。ウォール街の金融機関すべてが同じ目にあっている。だがベアーはこの数カ月、市場の信用を失っていた。破綻する多くの結婚がそうであるように、最初は徐々に、そして最後はいっぺんに。

 CEO(最高経営責任者)のアラン・シュワルツは3月12日の水曜日、経済専門チャンネルCNBCに出演。ベアーの経営に問題はないと請け合ったばかりか、1~3月期には利益が出る見込みだと語った。それから2日もたたぬうちに、ベアーは政府関係者に破産申請の可能性をもらしていた。

 そして週末には、FRB(米連邦準備理事会)の仲介でJPモルガンがベアーをタダ同然の2億3600万ドルで買収することが決まる。07年1月には200億ドルの時価総額があった会社なのに。

 米投資銀行5位のベアーの事実上の破綻は、米金融市場の切迫度と、信用の腐食ぶりを表している。ベアーの臨終には、現金の不足と同じくらい信用の欠如がかかわっている。銀行やヘッジファンドといった取引相手が、ベアーにお金を貸したり資金を預けることを嫌がりだしたのだ。「企業の支払い能力は、それがあると思われている間だけしか続かない」と、投資銀行オッペンハイマーのアナリスト、メレディス・ウィットニーは最近のリポートで書いている。

自己資金の33倍にのぼる借金

 企業が山ほど借金をしている場合はとくにそうだ。ベアーは保有資産1ドルに対して33ドルまで借り入れをふくらませていた。例えて言えば、学資ローンと住宅ローン、カードローンの全額を急に明日返せ、と言われたようなもので、救済が必要になったのも当然だ。

 経済は行き詰まり、ひょっとしたら景気後退に入っているが、ウォール街のほうは非常警戒態勢にあるようだ。経済的な要因と同様、心理的な要因が大きい。

 最近の住宅バブルと住宅ローン・バブルの間に人々は、貸したお金は決して焦げつかないと信じるようになった。それまで焦げつかなかったからだ。だがバブルがはじけると、心理は激しく逆方向に振れた。「市場はわずか8~9カ月の間に、信用拡大の絶頂から1930年代以来最悪の信用危機へ転落した」と、投資銀行エバーコアのロジャー・アルトマンCEOは言う。「いま市場には健全性と安全性に対する疑念が渦巻いている」

 90年代には、世界の市場関係者は当時のアラン・グリーンスパンFRB議長の危機収拾能力に全幅の信頼を置いていた。問題が起これば、ロバート・ルービン財務長官とローレンス・サマーズ財務次官がグリーンスパンを支持し、ホワイトハウスの熟練したスタッフもそれを支えた。ついたあだ名が「世界を救う委員会」だ。

 だが、現在のFRB議長であるベン・バーナンキとヘンリー・ポールソン財務長官はまだ、グリーンスパンとルービンに匹敵するほどの実績をあげていない。

 バーナンキは反応が鈍かった。サブプライム危機がまだ広がり続けている昨年の時点で危機収拾宣言をしてしまったり、消費者物価が上昇しているのにインフレ懸念を鼻であしらってしまったり。もっともここ数カ月は、敏捷さと想像力をもって危機に対処し、金利を引き下げ、銀行やウォール街の金融機関に資金を供給した。

パーティー後に待つ苦行

 ゴールドマン・サックスのCEOだったポールソンは、まだ公職をもてあましぎみだ。ベアー救済策について彼が会見したとき、「ヘッドライトを浴びて立ちすくんだ鹿のように見えた」と、元商務次官のデービッド・ロスコプフは言う。「『大いに自信がある』と彼は言ったが、それが本心でないことは明らかだった」

 ブッシュ政権が議会と作った景気対策にアナリストは及第点を与えるが、全体的な評価はパッとしない。「サブプライム危機が表面化したのは9カ月前だが、ブッシュ政権は、ほとんど手遅れになる先月まで、なんら具体的な行動を取ろうとしなかった」と、ニューヨーク州上院議員のチャールズ・シューマーは言う。

 脂肪たっぷりの数年間を過ごした後だけに、今後数年はダイエットが必要かもしれない。プライベートエクイティ(未公開株)投資大手、カーライル・グループのデービッド・ルーベンスタイン創業者は最近、きたるべき「苦行の時代」について語った。「そこでわれわれは、幾分かの罪滅ぼしをしなければならないだろう」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

カーニー加首相、トランプ氏の自動車関税発言を批判 

ビジネス

第一三共、26年3月期の営業益5.4%増を予想 市

ビジネス

デンソー、今期営業益30%増と過去最高予想 関税影

ビジネス

第一三共、発行済み株式の4.29%・2000億円上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考…
  • 5
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 6
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 7
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 8
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    欧州をなじった口でインドを絶賛...バンスの頭には中…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中