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金融危機クロニクル
リーマンショックから1年、
崩壊の軌跡と真因を検証する
ガイトナー、金融規制改革案を発表
巨大金融機関の存続を容認するガイトナー財務長官は、ウォール街に操られて大きな過ちを犯しているのかもしれない
ティモシー・ガイトナー米財務長官は、自分がウォール街の金融機関に操られているという説を一蹴する。実際、彼は財務官僚としてのキャリアが長く、銀行で働いたことはない。だからといって、金融界の大物たちがガイトナーに影響を及ぼしていないとも言い切れない。実際、ガイトナーが3月23日に鳴り物入りで発表した官民共同の「レガシー(遺産)資産=不良資産」の買い取り計画も、最初の発案者は著名な投資家のウォーレン・バフェットだ。
バフェットはそのアイデアを、昨年10月上旬に当時のヘンリー・ポールソン財務長官に手紙で送ったと、ポールソンの財務次官補だったフィリップ・スウェイゲルは言う。現在の財務省の報道官の1人も、今は「官民投資プログラム(PPIP)」として知られるようになったガイトナーの提案と「相通じる興味深い考え」をバフェットが持っていたことを認める。
ポールソンへの手紙の中でバフェットは、有毒資産(不良資産)の扱い方について、債券運用大手ピムコの創業者ビル・グロスやゴールドマン・サックスの会長兼CEO(最高経営責任者)ロイド・ブランクファインとも話し合ったと書いている。凍り付いた不動産ローン市場の活性化に民間資金が役に立つという点では、全員が一致した。
だがポールソンはこの提案を拒否した。当時は金融危機が猛スピードで進行しており、彼とベン・バーナンキFRB(米連邦準備理事会)議長は、銀行に直接資本を注入する即効性のある道を選んだ。「まず火を消す必要があった」と、ポールソンの報道官だったミシェル・デービスは言う。
そしてガイトナーが官民共同案を検討し始める頃までには、不良資産の買い取り案はいくつかの点でバフェット案より進化したものになっていた。買い取り価格の決定に競争原理を導入するため5つの買い取り基金を設立する、というアイデアもその1つだ。
既存秩序の改善か解体か
なぜこうしたことが問題なのだろうか。私は別にバフェットやグロス、ブランクファインを非難するつもりはないし、ガイトナーを批判するつもりもない。
だがPPIPの起源を考えることは、本当に影響力を行使しているのが誰で、米政府とウォール街の関係がいかに排他的かといった疑問への答えを考えることだ。それは、バラク・オバマ政権の金融再生策に関する哲学論争の核心に関わる問題でもある。
論争の一方は、既存の金融制度を立ち直らせたいという立場だ。もう一方は、それをいったん解体し、新しい金融制度をつくるという立場。ガイトナーやバーナンキは、前者に属している。
彼らは、金融危機の再発を防ぐため新たなルールや規制でウォール街のシステムに大きな修正を加えたいと思っている。ただし、業界構造そのものには手をつけたくない。シティグループやバンク・オブ・アメリカのような巨大金融機関も、新しいルールに従いさえすれば、巨大なまま存続して構わない。
他方の立場に属するのは、ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマン。元FRB議長でオバマ大統領の経済再生諮問会議議長ポール・ボルカーや、連邦預金保険公社(FDIC)のシーラ・ベアー総裁も同調者かもしれない。彼らは、既存の金融制度は完全に解体すべきと考えている。多少いじるくらいでは、現在の危機を解決できないだけでなく、確実に危機の再発を招くことになる。
巨大金融機関が健全さを取り戻せば、ガイトナーとその仲間たちはアメリカの金融制度を根本的につくり替える機会を永遠に失うことになる。保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)の危機の原因をつくったといわれるモーリス・グリーンバーグ元CEOは3月26日の議会証言で、同社への1800億ドルの公的支援は効果を挙げていないと語った。さらにガイトナーやバーナンキの信念とは反対に、たとえAIGを破綻させても金融システム危機には至らなかっただろうとも言った。グリーンバーグの発言の真意はともかく、共感を禁じ得ない。図体の大きなこの悪魔を葬り去ったとしても、何の問題もないのではないか。