コラム

「習vs.李の権力闘争という夢物語」の夢物語

2020年09月24日(木)10時00分

権力闘争を語れば中国が強大に?


泥まみれの李克強は、今後の長期経済計画を巡る議論からもやや距離のある場所に置かれている。24日、北京中心部にある要人の執務地、中南海で習近平が主宰する重要会議が開かれた。来年から始まる2021~25年の5カ年計画策定を前にした経済の専門家らからの意見聴取である。

そこにはイデオロギー・宣伝を担当する党内序列5位の最高指導部メンバー、王滬寧(ワン・フーニン)や、経済担当の最高指導部メンバーで副首相の韓正、習に近い政治局委員の劉鶴、同じく習側近の共産党宣伝部長の黄坤明らも控えていた。

本来、経済運営が主たる業務である李克強の姿はない。次回共産党大会での最高指導部人事は22年秋以降で、首相の地位は少なくとも23年春まで保たれる。それなら来年からの5カ年計画の議論を仕切るのは李でよいはずだが、どうも影が薄い。

洪水視察を巡る李の報道の扱いが極端に不平等なのも同じ理由だ。習サイドが宣伝部門を牛耳り、政治日程組み立ての主導権を握っているからである。習時代の中国政治は常に苛烈である。(日本経済新聞「泥まみれ李克強視察と青空の習近平講話が示す苛烈」、中沢克二氏)

ここまで「権力闘争論」への批判に対する私の反論を述べたが、実は私が呆気にとられたのは、批判文の最後の部分における下記の記述である。

「そういった権力闘争論者の記事を読む読者が増えるという利己的効果はあるかもしれないが、事実を知らない日本国民を騙し、『なんだ、中国はそんな権力闘争ばかりしているんなら、どうせ大したことはないよ』と日本国民を安心させ、中国が一致団結して強国として邁進していくことを可能ならしめてしまう。それを阻止しようとしているアメリカの努力を削ぎ、米中間のパワーバランスを中国に有利な方向に持って行くことに貢献するだけではないのだろうか?」

私も含めた「権力闘争論者」たちのことを「事実を知らない日本国民を騙し」とまるで詐欺師呼ばわりしているが、奇妙なのは「中国の権力闘争を語れば中国の強国化を可能ならしめる」という論法である。権力闘争というのはどこの国にもあり、中国の場合はなおさらである。「この国の権力闘争を語れば即ちこの国の強大化を可能にする」という、奇想天外な論法はどうすれば成り立つのか。

ニューズウィーク日本版オフィシャルサイトに掲載されている批判文に対する読者の反応を見てみると、私のこの原稿を書いている2020年9月20日午前の時点では、批判文の「その1」に付けられた「いいね」は98個、「その2」に付けられた「いいね」は23個である。それに対し、同じニューズウィーク日本版オフィシャルサイトに掲載されている私の論考に付けられた「」いいね」は2070個になっている。もちろんSNSの反応が全てではない。しかし、どちらが中国の真実を伝えているのか、読者はすでに判断を示しているのではないか。

20200929issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

9月29日号(9月23日発売)は「コロナで世界に貢献した グッドカンパニー50」特集。利益も上げる世界と日本の「良き企業」50社[PLUS]進撃のBTS

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story