コラム

新型コロナ:中国「新規感染者数ゼロ」の怪

2020年03月19日(木)19時00分

誰か1人の専門家が政府の「戦略目標」を誤読して勝手な解釈を行うことはありえる。しかし姚氏と舒氏という高レベルの公職にある中国トップクラスの専門家が2人そろって同じ指摘をしているのであれば、彼らの指摘は決して誤読や勝手な解釈ではなく、むしろ政府の考えを正しくとらえたものである可能性が高い。しかも、この2人の発言は今でも検閲で削除されていないし、政府関係からは彼らの発言が間違いであるとの訂正も反発もない。

やはり彼らのいう通り中央政府、すなわち習近平政権は早い段階から、中国における新型肺炎の新規感染者数をゼロにすることを「戦略目標」として立てているのであろう。そして3月18日には目標の通り、武漢を含めて全国の新規感染者数が見事にゼロになったわけである。

政府が「新規感染者数をゼロにする」という目標を立てると、2月12日に1万5000人余りいた新規感染者数が3月18日にはゼロになる――人口14億人の大国で、あまりにも出来すぎた話ではないか。実際、2月末あたりから、武漢・湖北省以外の中国の各省・自治区の大半においては、報告された新規感染者数がとっくにゼロになっていた。

どう考えても、政府の立てた目標をきれいに「達成」するための人為的操作があった可能性が大だが、この「操作」の実態について、実は前述の2人の専門家の発言にヒントがある。

北京大の姚教授の発言はこうである。「上からは『新規感染者は1人も出すな』との指令があるから、幹部たちは思い切って生産再開を進めることができない。1人でも新規感染者を出してしまったら、直ちに処分を受けるからだ」

その一方、中山大学の舒氏は政府に対して次のように提言している。「病例が発生した単位(機関や団体)に対して、あるいは発生地の政府に対しその責任を追及するようなことはしない。むしろ、病例の発生を報告しないものの責任を追及すべきである」

この2人の発言を突き合わせると、中国の各地方や各機関・団体 で実際何か起きているか見当がつく。

新規感染者数の隠蔽が?

まず、上部組織は下部組織に対して「新規感染者は1人も出すな」と指令を出した。そして、実際に新規感染者を出した下の単位や地方政府の責任を追及して処分を行う。そうなると、中国各地の地方政府や末端の単位の責任者たちは上からの追究と処分を恐れて、何としても指令された通りの「新規感染者数ゼロ」を達成しなければならない。その際、中国の幹部たちの一貫としたやり方としては、実際に新規感染者が出ているかどうかは関係なく、数字上「新規感染者ゼロ」にして、上に対して「ゼロ」と報告すれば良い。

そして上部組織もそれが嘘だと分かっていながら、さらに上部組織へ報告していく。その結果、2月末あたりから、湖北省を除いた31の省・自治区・直轄市のほとんどで、「新規感染者数ゼロ」が連日のように報告されることになった――。

中国における「新規感染者数ゼロ」のからくりだが、実際の新規感染者数がどうなっているのかはまったく分からない。しかし、2月中旬から数回も繰り返された「新規感染者数激減」の不自然さからしても、中央政府の定めた「ゼロ」目標の通りに各地の新規感染者数がゼロになっていく不思議さからしても、そして前述の2人の専門家の発言からしても、中国の各地では2月中旬から現在に至るまで、毎日の新型肺炎の新規感染者数に対する隠蔽などの人為的操作が行われている可能性は否定できない。

中国政府の発表した「新規感染者数ゼロ」を疑わなければならない理由は十分にある。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

タイ、米関税で最大80億ドルの損失も=政府高官

ビジネス

午前の東京株式市場は小幅続伸、トランプ関税警戒し不

ワールド

ウィスコンシン州判事選、リベラル派が勝利 トランプ

ワールド

プーチン大統領と中国外相が会談、王氏「中ロ関係は拡
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story