コラム

「政治的中立性」という言葉にビビりすぎている

2015年11月04日(水)18時00分

 沖縄の普天間基地移設をめぐって、翁長雄志知事が辺野古への埋め立て承認を取り消したものの、政府はわずか2週間で取り消しの効力停止を決定、辺野古の本体工事に着手した。基地の前で語気を荒げる市民の様子を各紙で確認したが、その中のいくつかで「文子おばあ」の姿を見つけて、こみあげてくるものがあった。

 基地移設の反対運動を追ったドキュメンタリー、三上智恵監督『戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)』で、「私を轢き殺さないと通れないよ。死なせてから通ってみろ」と基地の前で体を張っていたのが文子おばあだった。15歳の時に地上戦を経験し、母親は米軍の手榴弾と火炎放射器にやられて左半身を大火傷、視力を失った。沖縄の怒りを背負った文子おばあは、もう何度目か分からない憤怒の渦の中に巻き込まれていた。

 この『戦場ぬ止み』の自主上映会の後援を「政治的色合いが濃い」との理由で断ったのが千葉県山武市である。この映画では、沖縄経済を活性化させるためには基地は止むなしと考える県民たちの意見も入っているし、県民よりもアメリカ軍人を守らなければならない任務に矛盾を感じている(と信じたい)若き沖縄県警の警察官の表情も追っている。多角的な目線を入れこみながら、確かに「政治的色合い」は強い。しかし、機動隊が文子おばあを引き倒し、救急車で運ばれていく姿を見てもらう機会を「政治的」との理由を用いて剥奪するならば、どちらが政治的だ、とオウム返ししたくなる。

 判断する側は「今回は特例」と言い聞かせたり、「誰かに言われる前に」と譲歩したり、いずれも些事として処理しようとする。しかし、こういった積み重ねはいつのまにか恒常化する。今、「政治的中立性」という言葉に慣らされることでその手の事態が頻発していないか。「中立性」にビビる、って、その言葉がもはやフラットではないことを教えてくれる。政治的中立性が、思考を停止させるスイッチになりつつある。この言葉で増殖する自粛を真に受けすぎてはいけない。

プロフィール

武田砂鉄

<Twitter:@takedasatetsu>
1982年生まれ。ライター。大学卒業後、出版社の書籍編集を経てフリーに。「cakes」「CINRA.NET」「SPA!」等多数の媒体で連載を持つ。その他、雑誌・ウェブ媒体への寄稿も多数。著書『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。新著に『芸能人寛容論:テレビの中のわだかまり』(青弓社刊)。(公式サイト:http://www.t-satetsu.com/

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story