コラム

米軍シリア空爆は、イスラム社会の反米感情を煽るだけ

2017年04月10日(月)13時00分

では、イラク戦争後新たに「勝ち組」となったシーア派は、どうか。もともとイスラーム世界のなかでマイノリティのシーア派は、イラクやイラン一国のなかで「優位」を獲得しても、全体のなかでいつも「追い詰められ」てきたという少数派意識は、抜けない。

それでも戦後のイラクを立て直していく上で、スンナ派と一緒にやっていかなければならないのだというナショナルな意識は、生まれていた。そこに、ISがやってくる。そこで再び、「追い詰められ感」満載で、シーア派勢力は「我こそは正しい戦いの主人公」とばかりに、ISに対する祖国防衛のヒーローを標榜する。

そんななかで、今回米国がアサド政権を攻撃したのである。アサド政権に対する攻撃をシーア派に対する攻撃だとみなすシーア派勢力は、ますます、「シーア派こそが追い詰められているのだ」と考える。そして「最後まで戦う権利があるのはシーア派だ」と主張する。

【参考記事】トランプ政権の中東敵視政策に、日本が果たせる役割

「反米」で戦いを正当化

この「被害者意識の競争」を止めるには、どうすればいいのか。双方がきちんと等身大の被害者度を自覚するしかないのである。つまり、それぞれの場面で「勝ち負け」を納得するしかない。イラクではシーア派が勝ったけれどイスラーム世界全体のなかでは少数派だからシーア派はもっと戦わなければならない、でもダメだし、シリアでシーア派に負けたけれどもイスラーム世界全体を仰げばスンナ派が主流であってしかるべきなのだからスンナ派はまだまだ戦える、でもダメなのだ。

その等身大の被害者度の定着を阻んでいるのが、たとえ数発のミサイル攻撃であっても、米国の介入である。米国が介入する可能性がある、と戦いの主体たちに示唆することで、シリアやイラクやイエメンなどの現場の戦いの主体たちに、「自分たちが現場で追い詰められているのは米国のせいだ」と、戦いの正当化事由を与える。あるいは、「自分たちは今現場で追い詰められているけれども米国を利用すれば勝てるかも」と幻想を抱く。

アメリカのシリア空爆というのは、そういう意味を持つのだ。それは一回の人的・物的被害だけに留まらない。紛争の決着に不可欠な紛争当事者間の認識の共有を、一気に崩す危険性のある問題なのである。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国外相、ルビオ氏に米韓首脳合意文書の公開要請=聯

ワールド

トランプ氏、つなぎ予算案に署名 政府機関閉鎖が解除

ビジネス

午前の日経平均は小幅続伸、景気敏感株に買い TOP

ビジネス

アサヒビール、10月売上高は前年比1割弱の減少 サ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 4
    炎天下や寒空の下で何時間も立ちっぱなし......労働…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 7
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 10
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story