コラム

トランプ起訴騒動と、政治の時間感覚

2023年04月05日(水)15時30分

トランプは起訴された罪状34件について無罪を主張した Marco Bello-REUTERS

<裁判の進行とともに、トランプは「過去の人」になっていくかもしれない>

現職のアメリカ大統領は刑事責任を問われないので、逮捕されることはありません。では、元大統領はというと、例えばウォーターゲート事件で偽証罪などに問われたニクソンの場合、後継のフォード大統領が恩赦をしているので、やはり罪には問われませんでした。

ちなみに、元大統領というのは死ぬまでシークレットサービスの警護を受けることになっています。ですから、本人はあらゆる攻撃から守られるとともに、24時間監視体制に置かれるわけで、ちょっとした犯罪、交通違反からゴミのポイ捨てなども事実上は不可能です。

今回の起訴については、出頭したトランプには逮捕状が執行されたそうですが、同じくシークレットサービスの24時間監視を受けるため、身柄拘束はなく、そのままトランプはフロリダの自邸に戻っています。

いずれにしても、今回のトランプ起訴というのは、大統領経験者としては極めて珍しいケースになります。では、全く前例がないかと言うと、そうではなく、第18代大統領であったユリシーズ・グラントは退任後に逮捕歴があるそうで、アメリカでは話題になっています。

グラントは、南北戦争の北軍の将軍として大衆的人気を背景に大統領になり、2期8年を務めて退任後は日本に親善旅行に出かけたりもしています。そのグラントは、ワシントンDCの市内で、2頭立ての馬車で交通違反をやって捕まっているのだそうです。逮捕したのは、南北戦争に従事したアフリカ系の警官で、グラントは堂々と逮捕され、元大統領と知って恐縮する警官に対しては礼儀正しく接するとともに、南北戦争の思い出話に花を咲かせたそうです。ただ、公道で馬車による競争をやったのは明白で、しっかり罰金刑になったと記録されています。

事件の政治的な意味は重い

どうして、グラントの話が話題になっているのかというと、基本的に、今回の「トランプ起訴」というのも、凶悪犯とか深刻な事件というイメージではなく、どこか「安っぽい映画のストーリー」のような内容だからです。

ニューヨークの地区検事としては、34の容疑について立件したとしていますが、中でも有力な容疑は、不倫もみ消しというお粗末な話です。具体的には、2016年の大統領選にあたって、ストーミー・ダニエルズというアダルト女優に対して、自分との不倫を「口止め」するために、13万ドル(約1700万円)を払った、その出所が大統領選の選挙資金であれば有罪という容疑です。

口止め料を払っただけであれば、そして実際は当時の私的法律顧問であったコーエン弁護士が支払って、それをトランプがポケットマネーで弁済したのなら、それは単なる「恥ずかしい行為」であっても、犯罪とは言えません。ですが、その時点でのトランプが自由になるキャッシュを用意できず、本当にカネの流れとして選挙資金が充当されていたのなら重大犯罪になるというわけです。また、選挙資金管理の書類で、事実を隠蔽する工作がされたとしたら、これも重罪になります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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