コラム

アメリカの警察の苦悩と、飯能市の事件の共通点

2023年01月04日(水)14時00分

治安と人種差別の問題が絡むアメリカでは冷静な議論が進んでいない Andrew Kelly-REUTERS

<警察が刑事事件に対処するだけでは、コミュニティーの安全を守ることはできない>

2022年12月末、クリスマスの日に埼玉県飯能市で起きた一家殺害事件は、社会を震撼させました。現時点では詳細は不明ですが、警察の発表などを総合しますと、犠牲となった家族は、その近所に住む容疑者によって度重なるトラブルを起こされていたようです。

事件については、過去のトラブル、具体的には乗用車を傷つける器物損壊事件について、容疑者があくまで否認したために不起訴になっているとして、法制度の不備が悲劇を招いたという見方があります。確かに器物損壊という動かぬ証拠があるにもかかわらず、そして犯行が複数回に及んでいる中で、不起訴になったというのには制度上の問題を感じます。

ですが、仮に器物損壊に関して起訴されて有罪となり、最初は執行猶予でも二度目からは実刑となったとしても、この人物はより一層の恨みを募らせてしまって、最終的には今回と同じような最悪の結果になったかもしれません。

問題は、警察という組織は刑法犯を扱うことしかできないということです。この人物の場合は、もしかすると重篤な精神疾患を抱えていたかもしれず、その場合は専門医による診察と治療によってこの人物を救済することで、トラブルを解消してゆくことが必要です。仮に疾患というレベルではないとしても、トラブルメーカー的な行動に対しては、専門的なカウンセリングが必要になります。

自己責任論では社会の平和は保たれない

とにかく、偶然にも近所に問題を抱えた人物が住んでいて、自分の家族がトラブルのターゲットとなった場合、警察は頼りにならないので逃げるしかないというのが、今回の事件を受けての多くの人の感想だと思います。ですが、そんな自己責任論では社会の平和は保たれません。ですから、警察が一種の司令塔になって、民事トラブルであれば弁護士が入り、精神疾患の問題があれば専門医、そうでなくてもカウンセラーが入って有効な解決策へ持っていく、そのような制度が必要と思われます。

同じような議論は、アメリカにおける「BLM(黒人の生命の尊厳運動)」でも見られます。近年、白人警官による黒人への暴力事件が問題になっており、この告発の中で「警察の予算カット」という主張が全国的なスローガンになっていました。

これに対しては保守派からは「警察の予算は重要だ」という批判がありました。更にコロナ禍の中でニューヨークなど、都市における治安悪化が社会問題となり、例えば民主党のバイデン大統領も「警察予算のカット」には反対の立場を取るようになっています。

ただ、この「警察の予算カット」という主張は、アメリカ国内でも誤解されているのですが、元々は単純な予算削減とか、警察への懲罰ということではありませんでした。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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