コラム

熱中症患者を氷風呂に入れる「冷水イマージョン」は日本でも行うべき?

2022年06月29日(水)12時00分

日本では普及していない治療法「冷水イマージョン」 YvanDube/iStock.

<10度前後の冷水に全身を浸すことで、深部体温を危険ゾーンから下げることがその目的>

6月20日から27日の1週間における日本全国の熱中症による搬送者数は、合計で4551人となり、6月の1週間の数字としては過去最多だったそうです。(消防庁発表の速報値)このうち重症は89人、中等症は1418人で、4人が死亡しています。非常に厳しい状況です。

この熱中症の治療法として、アメリカでは「冷水イマージョン」という手段がよく使われています。摂氏10度程度の冷水に全身を浸すことで、深部体温を危険ゾーンからできるだけ早く安全ゾーンに下げるのが目的です。体温の上昇した患者を浸すと冷水の温度は上昇してしまいます。そこで、氷を追加で投入します。

つまり「氷風呂(アイスバス)」にするわけです。患者を包むように水の表面を氷で敷き詰めて、溶けた分はどんどん氷を補充して水の表面が氷で覆われている状態にします。それでやっと水温摂氏10度という適正値が維持できるとされています。

全国の救急隊(EMS)は州ごとに定められたオペレーション・マニュアルに従って、救急活動をしていますが、多くの州のマニュアルには「冷水イマージョン」を必ず実施するように記されています。

熱中症の救命は「時間との戦い」

理由は「深部体温(コア体温)」が摂氏40.5度を超えると危険ゾーンに入り、そのまま30分が経過すると大脳の細胞が不可逆な損傷を受けて、重篤な状態になるからです。熱中症の重症例では、意識が朦朧とし、発汗が失われることは知られていますが、そうした症状が出たら深部体温が危険ゾーンに入っている可能性が高いわけです。

ということは、病院に搬送する前であっても、とにかく「30分というリミット」以内に体温を下げる、その時間との戦いが救命の成否を分けると考えられています。具体的には30分以内に深部体温を38.6度以下にまで冷却することが絶対的な目標とされており、この「時間との戦い」ということも、多くのマニュアルには繰り返し強調されています。

もう1つ、重視されているのが深部体温の測定です。皮膚体温の場合は、どうしても誤差がありますから、熱中症の診断時には直腸温の測定が必要とされています。つまり、熱中症の重症が疑われたら直腸温を測り、危険ゾーンに入っていたら氷風呂で冷却するというのがセオリーです。

以前は、氷水に全身を浸すのは、血管の収縮を招くので全身の冷却には逆効果という説が信じられていました。ですが、2005年に英国の研究者が論文でこれを否定し、改めて「冷水イマージョン」法がベストと主張しました。以降は、この学説が広く受け入れられています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場・寄り付き=ダウ約300ドル安・ナスダ

ビジネス

米ブラックロックCEO、保護主義台頭に警鐘 「二極

ビジネス

FRBとECB利下げは今年3回、GDP下振れ ゴー

ワールド

ルペン氏に有罪判決、被選挙権停止で次期大統領選出馬
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story