コラム

感染終息が見えてきたニューヨーク、最後の難題は治安悪化

2021年06月16日(水)13時40分

治安回復を訴えて支持を伸ばす民主党のエリック・アダムス候補 Brendan McDermid-REUTERS

<ワクチン接種率の向上で、ニューヨーク州全体ではほぼ「ノーマル」な経済活動が可能になったが>

ニューヨーク市は全米の中でも、新型コロナウイルスの感染拡大による被害が最も深刻な地域でした。2020年2月に最初の患者が出て以来、現在まで陽性者の累計は約78万人に達しています。死者については、公式数字だけでなく、いわゆる推定死を含めると3万3000人という極めて深刻な数字となっています。

これは人口10万人あたり392人という絶望的な数字であり、東京(死者2143、10万人あたり16人)の約24倍です。経済への影響も甚大です。マンハッタン島内のほぼ100%のオフィスワークがテレワークとなり、多くの人口が流出しました。

またブロードウェイなどの音楽や演劇も完全に停止状態となり、国内外からの観光客も一時は皆無となっていました。劇場街やオフィス街を中心に、飲食店への影響も甚大であり、最悪期には約1000店が閉店して、業界全体で50%の雇用が失われたと言われています。

ですが、ここへ来て状況は大きく好転しました。ワクチンの接種完了率(2回接種のワクチンの場合は2回完了)が成人の60%に迫る中で、死者ゼロの日も出てきたのです。そんな中で、この6月15日には、ニューヨーク州全体として、感染対策の「正常化」が発表されました。レストランや小売店、イベントなどでは、ワクチン接種者はマスク着用を義務付けず、ほぼ「ノーマル」な経済活動が可能になったのです。

さらに、ニューヨーク市としては、「正常化」をアピールするために、7月上旬には医療従事者など「コロナのヒーロー」を顕彰するパレードを、また8月にはセントラルパークでの「メガ・コンサート」を企画しています。そして、9月からは、ブロードウェイのミュージカルも、METのオペラも正常化させるとしています。

銃撃事件が激増

ですが、最後に1つ頭の痛い問題が残っています。それは、ニューヨークの治安が回復していないという点です。コロナ禍で荒廃し人影の消えた街を背景に、2020年からニューヨークではランダムな銃撃事件が激増しました。2021年に入ると、アジア系へのヘイト犯罪が増えましたが、銃撃事件の件数もさらに増えています。

そんな中で、2021年5月8日には、市の中心というべきタイムズ・スクエアで銃撃事件が発生し、幼児を含む州外の観光客など4人が負傷し全市に衝撃を与えました。ランダムな銃撃に関しては、現在でも週末を中心に発生しています。

また、この5月末からマンハッタン南部のワシントン・スクエア・パークで、週末になると多くの群衆が集まって麻薬や酒の狂宴を繰り広げ、警官隊と対決するという問題が起きています。この地域は、グリニッジ・ビレッジといって若者の文化活動の中心ですが、コミュニティーの大きな構成員であるニューヨーク大学の学生、関係者がコロナ禍のために不在になっており、その真空地帯が無秩序な群衆を吸引しているのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 6
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 7
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story