コラム

米国境の「壁」と政府閉鎖の背景にある、トランプの論理破綻

2019年01月10日(木)15時00分

ところが、その後、国境で拘束された不法入国者の子どもが2人たて続けに亡くなるという事件があり、この「移民キャラバンへの憎悪」を煽る作戦もできなくなりました。そこで今度は「イスラム原理主義のテロリストがメキシコ国境から入ってくる」とか「多くのアメリカ人の命を奪っているヘロインが密輸されている」という理由付けをしたのですが、いずれも虚偽であることが明らかとなっています。

そんな中、9日には大統領の長男であるドン・ジュニアが、「国境の壁は動物園の柵のようなもので、柵がなかったら危険」という、まるで移民が人間でないかのような発言をして批判を浴びています。

とにかく肝心の理由付けが迷走しているために、メディアも、そして議会の民主党にしても共和党にしても、大統領の巨額な予算要求を受け入れることは不可能となっています。

2番目の問題は、選挙公約として「壁の建設費用はメキシコ政府に負担させる」とまったくブレることなく叫び続けた問題です。この点を突かれると、大統領は「北米自由貿易協定(NAFTA)」の改訂で、アメリカに有利になるように、条件の変更ができたので、「メキシコは間接的に壁の費用を負担」しているという無理な主張をしています。

3番目の問題は、大統領自身が「政府閉鎖」のことを「問題だと思っていない」ということです。「数カ月、いや数年閉鎖してもいい」などというのですが、その理由としては「政府職員の多くは選挙でヒラリーに入れた連中だから」というのです。

4番目の問題は、このままでは議会が同意する可能性はないので、大統領の職権で「国家非常事態宣言」を行い、一方的に57億ドルの歳出を決定するという手段を、大統領が検討しているという問題です。

大統領は「国家的危機」だとしていますが、メディアや議会は「テキサスやカリフォルニアの知事が全く平静なのに、どこに危機がある?」とか「トランプの作り出した人道危機はあるが」という立場で、全く理解が得られる可能性はありません。

一部には8日のテレビ演説で大統領は「非常事態宣言を強行」するという観測がありましたが、大統領は見送っています。その一方で、現在もホワイトハウスは「オプションの1つではある」としているようです。

一見すると、大統領と議会が対等の立場で「全く譲らない」状況のように見えますが、こうした4つの問題を検討してみると、大統領側では論理の迷走がひどくなっています。だからこそ、「譲歩したら一気に支持を失い再選の道が閉ざされる」として強硬になっているとも言えますが、その危機感や焦りが、外交のミスなどにつながる可能性も指摘されています。トランプ政権は、非常に危険な状態にあると言えるのです。

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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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