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平成時代は衰退の30年ではない
バブル崩壊、金融危機、相次ぐ災害……平成は苦難の時代ではあった praetorianphoto/iStock.
<バブル崩壊で始まった平成を「衰退の時代」と捉えるムードがあるが、実際には日本の今日の衰退は昭和に端を発している>
2019年になれば平成は残り4カ月となるため、すでに「平成30年間の回顧」というムードが見られます。多くの場合、「平成というのは衰退の時代」だという暗黙の合意を前提にしており、改元という「ガラガラポン」で時代のムードを一新したいという期待感を伴っているようです。
一方で、それでは今上天皇が「衰退期の天皇」として歴史に残るわけで、それは余りにも失礼という考え方もできます。例えば内閣府参与で安倍総理のブレーンである谷口智彦氏などは、「今上天皇は国の『ヒーラー・イン・チーフ』つまり『最高癒し責任者』」としての責務を全うされた、という評価をしています。
つまり時代は衰退期ではあったが、その痛みを必死になって癒し続けた存在として今上天皇は歴史に残る、と言うのですが、そういう見方であれば「失礼」にはならないかもしれません。
ですが、本当に「平成=衰退の時代」なのかと言うと、それは違うという見方もできます。
例えば、バブル崩壊について言えば、確かに東京株式市場の株価は1989年、つまり平成元年12月の大納会(年内最後の取引)を最高値として、以降は一気に下げていきました。と言うことは、平成になって11カ月目に崩壊が始まったという見方が普通です。
その後の長い経済の低迷は、この平成の元年に始まったバブル崩壊が原因で、そのバブルが崩壊したことで、金融危機が広がり全産業が不況に陥った、一般的にはそう理解されています。
そうした時系列で考えると、いかにも「平成=衰退期」というイメージになりますが、日本経済が不調に陥った原因は、平成に入ってからではなく、その前の昭和時代にあったという見方が必要だと思います。
例えば、日本のコンピュータ産業における技術の遅れという問題を考えてみます。この問題では、例えば1964年における松下電器(パナソニック)における大型コンピュータ事業からの撤退という出来事があります。この時は、創業者の松下幸之助が「総合メーカーが片手間にやるよりも、2~3の専門メーカーがやるほうが電算機事業の発展のためにもよい」と判断したと言われています。
しかし実際は、どの企業もコンピュータの本当の価値をわかっていたわけではなく、開発を進めていった企業もやがて迷走を始めたわけです。迷走ということでは、1970年代初頭の時点では、コンピュータのCPUというアイディアは、カシオやビジコンといった日本企業が世界の最先端だったのですが、そのノウハウが結局はインテルに流れてしまうということもありました。
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