コラム

トランプの入国禁止令をめぐる違憲裁判は、この先どうなる?

2017年02月07日(火)15時40分

そう考えると、大統領自身も、あるいはその周辺も、かなり無防備な発言をずっと続けてきたわけで、例えば「ムスリム・バン(イスラム教徒の禁止)」というような、そのものズバリの宗教弾圧的な発言などもたくさん記録に残っているわけです。

ちなみに、大統領に近いと言われるルディ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長などは、「宗教差別だと受け取られると、完全に違法発言になってしまうので、選挙戦を通じて(トランプ氏には)発言を修正していくようにした」という証言をしているようですが、この証言自体が「主張のルーツには宗教差別がある」ことの証拠になるという説もあります。

では、この先の見通しですが、仮に控訴審で「違憲」となった場合には、連邦最高裁に持ち込まれることになります。この連邦最高裁ですが、現在は定員9名の中で欠員1という状態です。その欠員に関しては、先週トランプ大統領は保守派のニール・ゴーサッチ氏を指名しています。

仮にゴーサッチ氏が判事に承認されると、最高裁の勢力バランスは保守5対リベラル4になって、最高裁で「大統領が合憲」という判断になる可能性がないわけではありません。ですが、どんなに保守派であっても、今回の「国務省が出したビザが無効」だとか「特に理由なく7カ国が象徴的に決められた」ということの合法性を連邦最高裁が「歴史的評価のリスク」を取ってまで大統領に迎合することはないだろうという見方もあります。その一方で、この問題がある以上はゴーサッチ氏の承認プロセスが難航するという観測も出ています。

【参考記事】トランプを追い出す4つの選択肢──弾劾や軍事クーデターもあり

そんなわけで、今後の見通しも大変に不透明なのですが、仮に大統領令が「違憲」ということで確定するような事態になると、今回アメリカに入国できなくて困っていた人が救済されるだけでは済まない問題に発展する可能性もあります。

それは、大統領令について違憲判断がされるということは、他でもない合衆国大統領が合衆国憲法に「背いた」ことになるからです。そのような「違憲行為」が度重なると、大統領が「憲法の遵守者、憲法の擁護者」では「ない」ということになって行き、そうなると「大統領弾劾」の正当な理由になるということがあるのです。

そんな中、大統領とその周辺は今度は「不法移民の強制送還」を大統領令の発動で実現できないかという検討を始めたという報道も出てきました。この「強制送還」については、今度は信教の自由ではなく、生存権の問題として、これもまた合衆国憲法との整合性が問われる事態になっていくと思われます。

今回の事態は、トランプ政権をめぐって、合衆国の「憲政」つまり憲法の保証する三権分立と、権利の章典に関する本質的な議論になりつつあるのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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